7話 大事なお話
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墓地を後にした榮と少女。少しずつ言葉を交わし始めた二人でしたが、その静かな時間は思わぬ出来事によって打ち破られ――
少女の後を追うようにして、榮は墓地を後にした。
――墓地周辺の住宅街を抜けると、木々に囲まれた小さな公園が見えてくる。
休日の昼下がりでもあるからか、砂場では子どもたちがきゃっきゃと笑い声を上げ、ブランコでは親子が楽しそうに遊んでいた。
「こっち」
先を歩いていた少女は、木陰に置かれた古びたベンチを指差して足を止める。
「ここなら、ゆっくりお話できるよ」
ベンチへと歩み寄り、何のためらいもなく腰を下ろした。
俺はもちろん抵抗があるので、彼女とは、人一人分の間隔で座る。
遠くの風景を眺めて、ぼけーっと考える。
(ここまで来た以上、引き返すわけにもいかないよな。自分で訊きたいことがある、って言ったんだし。
――でも、普通に座ってて平気なのか……何されるか分かったもんじゃない。……いや)
「ねぇ、お兄さん」
(なんか判断を誤ったかもしれない。やっぱりあの時、『訊きたいことがある』なんて言わなきゃよかったんだ……)
「お兄さん。………ねぇ」
(そもそも、出会ってまだ二日目の関係なのに、公園のベンチで二人きりで話すか? 何を考えてるんだ、俺は)
「お兄さん!」
「うわっ!?」
少女の急な声の張り上げは、榮の脳裏に次々と流れ込む「後悔の濁流」を不意にせき止めた。
驚いて焦った榮は、首を横にやる。
そこには、少し怒り気味で頬をぷくーっと膨らましている可愛い生き物がいた。
「もう! お兄さん、無視しないでよ」
「ご、ごめん。考え事してて……」
「墓地のときもそうだったけど、――お兄さん、少し考えすぎだよ。私は別に何もしないから」
「そう、だな。考えすぎるのも良くない……」
「うん。悪いことじゃないと思うけど、重く悩まないでってこと」
こんな幼い少女に注意されてしまった。
恥ずかし。
にしても――この心配性な忌々しい性格、どうにかならないのか?
「はぁ……」
今年に入ってからようやく心境に変化があり、思い悩むようなことも、ちょっとずつ減ってきた。
それなのに、二日前のこの少女と澪華の件で、また元の「考えすぎる自分」に逆戻りしてしまった気がする。
せっかく「まあ、いいか」と思えるようになってきたのに、今回のことばかりは、どうしても頭から離れてくれない。
気づけば一日中、あの時の二人の表情や言葉の意味を反芻して、自分で自分をすり減らしている日もあった。
――慎重や思慮深いといった性質は長所と捉えられるが、一つの事に対して過度に思い悩む傾向があるとすれば、それは長所ではなく人としての短所である。
そして、その短所を持ち合わせているのがこの男 神代 榮 なのだ――。
「で、お兄さん。結局、何を考えてたの?」
「……え? あ、いや、どうでもいいことだよ」
「そう?」
「そうそう――」
まあ、今更後悔したって遅いんだ。訊きたいことだけ訊いて、早く家に帰ろう。
「と、取りあえず。えと……早速訊きたいこと話してもいいか?」
「うん。いいよ」
それならまずは――名前だな。
「まず一つ目に、君の名前を教えてくれないか?」
少女は榮の問いかけを聞くと、一度だけばちりと瞬きをした。
それから、下を向いて引きつったように笑う。
「訊いていいよって言ったのに……ごめんね。名前は言えないの」
――え? 俺は思わず眉をひそめてしまう。
「名前、そんなに隠さなきゃいけないものなのか?」
「うん。今は、まだ……教えられない」
しかしその答えには、からかうような様子は一切なく、本当に言えない事情があるようだった。
一番に訊きたかったことが、早くも挫かれてしまったわけだが……まあ、仕方ないな。
「分かった、無理に聞くつもりはない。その気になったら、また教えてくれ」
「ごめんなさい」
「いや。別に大丈夫だ……」
少女をじっと見つめる。
墓地での出会いと同じく、初雪をまとったような柔らかな髪が風に揺れていた。
そして、可愛げこそはあるものの、見た目からは想像できない『圧迫感』が密かに潜んでいることも感じた。
「じゃ、じゃあ、代わりに他のことを聞かせてくれ」
「答えられることならいいよ」
少なくとも、何も話してくれないわけではないらしい。
まあどっちみち、話してもらわないと困るけど。
さて、次に訊きたいことは――
「あの日――」
とその時だった。
「おっ」
背後から聞こえた高調子な声に、榮はハッとして振り返る。
後ろには、制服を着崩した二人組の高校生が、こちらを見据えて歩いてくるところだった。
茶色く染めたマッシュの髪、耳にはピアスの男。もう片方はセンター分けの黒髪で、ネックレスを提げている男。
見るからに柄の悪そうな雰囲気だ。
「なあ、あの子」
黒髪の男が、ベンチに座る白髪少女を見ては、下卑た笑みを浮かべていた。
「例のあの子だし、めちゃくちゃ可愛くない?」
「そうだな……」
もう一人もニヤリと下劣に笑って頷いていた。しかし二人の視線は榮ではなく、少女だけを捉えている。
せっかく本題に入れると思ってたのに、邪魔が入ってきた……。
心底、面倒くさい。
そして、二人組は遠慮もなく榮と少女の前に立ち塞がり、
「ねぇ、お嬢ちゃん、俺たちと少し話さない?」
茶髪の男に声をかけられ、少女はきょとんとした表情でそいつを眺めた。
――が、彼女が何かを応じるより先に、榮がスッと立ち上がり、男の前に立ちはだかる。
「どっかに行ってくれ」
「……は? なんだお前……」
露骨にしかめっ面をする男は、榮へノシノシと歩み寄り、目つきを鋭くする。
「こっちはさぁ、この子に用があるだけなんだけど………誰だよ、てか邪魔すんな」
いや、お前が邪魔だ。
てか誰だよって……お前も誰だよ。
「……嫌がってる子供に近付く理由はないだろ」
「嫌がってる? おいおい兄ちゃん、そんなわけねぇだろ?」
「顔をよく見てみろ。怯えてるぞ」
憮然とした男が一応確認するように視線を向けると、そこには平然な表情を保ちつつも、肩を小さく震わせている少女の姿があった。
「これで分かったか、お前らは話の邪魔だ。さあ……」
頼むからどっかにいってほしい、と内心で願いつつ言い放った言葉。
しかしその一言が、彼らの機嫌を完全に損ねさせてしまい――
「あん? 調子乗ってんじゃねぇぞ、てめぇ」
茶髪の男が、榮の胸ぐらを勢いよく掴み上げてきた。
「っ……!」
(なんだこいつ、急に暴力しやがって………。しかも掴む力が強くてなかなか外せない……!)
榮は自分を掴んでいる男の腕を両手で掴み、力強く引き剥がそうとする。互いに押し合いになり、そのまま激しい取っ組み合いに発展した。
「離せよ……!」
「うるせぇアホ面!」
誰がアホ面だよ、このナンパ野郎。
そもそもこの子に用があるだなんて、最初から戯言だろが。
――体がぶつかり合う音が公園に響き、その様子を近くで目の当たりにした親子が、みるみるうちに顔色を変化させた。
「危ない!」
母親が子どもの手を引き、公園の出口へ走り出す。周囲にいた人たちも次々とその場を離れ、さっきまで賑やかだった公園は、物音ひとつしない公園へと変貌してしまった――。
「じゃあ、俺は――」
黒髪の高校生が不敵な笑みを浮かべながら、微動だにしない少女へと歩き出す。
「この子の相手でもしようかな」
「やめろっ!」
助けに行きたい。
激しい焦燥が胸を突き動かすが、胸ぐらを掴まれたままでは一歩も動けなかった。
(どうすれば……)
「動くんじゃねぇよ」
茶髪の男が、抵抗する榮を力任せに押し止め、その動きを封じる。
(あぁ……、どうしてこんなことに………クソッ……!)
必死な榮の抵抗は虚しく、黒髪の男と少女との距離は、徐々に縮まっていくのであった。
(………?)
しかし何故か、少女は逃げなかった。
(なんで逃げない……)
黒髪の男はそんな少女の目の前で足を止め、不敵な笑みを浮かべていた。少女もまた、下からジロリと男を見つめ返す――。
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