66話 神域での死闘 『終戦 』 その1
9月4日 6話〜10話 修正済み
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静まり返った空気の中、榮は固まったようにその光景を見つめている。
みたは口内に溜まった血を吐き捨てるようにし、掠れた声で呟いていて、みたの頭上に立つアスピラは、未だ冷淡な眼差しでみたを見下ろしている。
さも当然の結末だと言わんばかりに鼻で笑うと、冷徹な声で嘲笑を浴びせた。
「弱いね。さっきまで余裕そうだったのにどうしちゃったの? ねえ、ほんの少しの毒で瀕死に追い込まれるのが、神様なの……?」
「うぐッ……! ペッ……」
アスピラの毒が、じわりじわりとみたの身体全身を蝕んでいく。その反動で、みたは鮮血を僅かながら吐き続けた。
「あぁーあ、もう終わらせよっかな。つまんないの――あ、でも、その前に」
そこまで口にして止め、アスピラはこちらの方にギロッと顔を向け、
「おーい、はるくーん。出てきなよ。こっちおいで」
闇を透かして響くその言葉は、まるで親しい友人を誘うかのように柔らかい。
しかし、直前にみたとの血で血を洗う凄惨な戦いを目撃した榮にとって、それは死神の招きと同義であった。
――行けるわけないだろ。正気か……
榮は奥歯を強く噛み締め、全身の筋肉を硬直させて石のように身を伏せ続けた。
もちろん、返事などするはずもない。
あんな底意地の悪い呼びかけに従えば、自ら安全な影を捨て、死の待つ撲殺場へ歩み出ることになるだけだ。
「来ないんだね。そっか」
子供が遊んでもらえないことを寂しがるような、無邪気な声。
その瞬間、榮は肺の中の空気を全て固定するように完全に息を止める。心音すら耳障りに感じるほどの緊張が、全身を駆け巡る。
すると、アスピラは呆れ果てたように吐息を漏らし、ゆっくりと少し離れた足元へ視線を落とした。
「じゃあ――来ないと、この人殺すよ」
「……!」
驚愕に、榮の瞳がカッと見開かれる。
アスピラの斜め後ろ。戦闘の末、体内に回った毒によって指一本動かすことすらできず、極限まで弱り果てているみたの姿があった。
「すぐに来ないと命はないよ」
恐れていた最悪の脅迫。アスピラは逃げ場のない自分を炙り出すために、弱り切ったみたを容赦なく人質に取るつもりなのだ。
許せない……
咄嗟に握った木材に、焦りの汗がじわりと滲む。
助けに出れば自分が殺される。しかし、このまま隠れ続ければ、身代わりとなったみたが惨殺される。
――くそっ……!
榮は激しい葛藤の末、遂に苦渋の決断をする。
己の恐怖と惨死への拒絶。それをギリギリのところで踏みみだし、ゆっくりと隠れていた暗がりから歩み出た。
「俺なら、ここにいる」
榮の呼びかけに応じるように、アスピラが首を傾げながらゆっくりと振り返った。
「来てくれたの。まあ、当然だよね」
感情の起伏を感じさせない平坦な声が、夜の静寂に落ちる。アスピラの艶のある金髪が横風に揺れ、右耳に付けてあるピアスが不気味に煌めく。
そして暗闇の中、地面に伏したみたの唇が微かに蠢いているのが見えた。
何か――「来るな」とでも言いたげな悲痛な意思を伝えようとしているのは明らかだったが、毒に蝕まれた身体は指先ひとつ動かすことすら叶わないようだった。
「……何がしたいんだ」
喉の奥を絞り出すように、榮は重苦しい問いを投げかける。
しかし、アスピラはその言葉に答えようとはしなかった。こちらの焦燥など意にも介さない様子で、ゆっくりと地面に倒れているみたへと手を伸ばす。
そしてみたの頭の後ろへと滑らかに腕を回すと、その琥珀色の髪を優しく、どこか慈しむように持ち上げた。
繊細な糸のような美しい髪が、指の間からさらりと滑り落ち、暗闇の中で微かな光を弾く。
――そのまま、無抵抗なみたの細い首元へ、ゆっくりと手を添えた。
「っ……!」
力を込めればいつでもその命を刈り取れる位置。榮は焦燥感と無力感に飲まれて、今にも失神しそうであったが、
「俺に……何をさせたい」
アスピラはほんの少しだけ手の力を緩めた。それだけで、みたの生命線が間一髪で繋ぎ止められたかのような錯覚を覚える。
「そうだね、榮君には――」
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