65話 見透かされる恋
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弱々しく成り始めた「神」と「壊れた人間」――
神域の家屋の物陰から、みたとアスピラの状況を少し窺った榮――。
数十分前までは、みたがアスピラを圧倒して打ちのめしてくれるだろう、と想定していたのだが――その想定は裏切られた。
みたは両膝を突き「ゲホッ……ゲホッ……」と惨い咳をあげている。横髪で表情は分からなかったが、顔の下の砂利に確かな血痕が点在していた。
(あれは……みたの血なのか…………え……?)
もう一つ気づいてしまった。
それはみたの左腕。雷が走ったかのような、赤紫色の、見ただけで身の毛がよだつほどな痕。以前、澪華や蒼真を苦しめた――毒。
「あ………」
最早、口にも出せない有様。自分の恐れていた『毒への対処法がない』という仮説が、今、みたの左腕に無惨な結果となって表れているのだ。
「じょ……冗談だろ……?」
信じない。信じられない。信じたくない。
榮がみたを見据え続けている間にも、みたの呼吸は荒くなる一方であった。
激しく咳をする度に血が吐かれ、無情にも地面を赤色に変えていく。これまで散々ピクピクしていた狐耳も無愛想に垂れ下がっていて、かつての悠々とした、威厳のある「狐の神」の姿はどこにもない。
あるのはただ、毒に侵され、命を散らそうとしている一匹の弱々しい存在。
◇◇ みた視点
と、そこに、狂気の紛れた高い声のトーンが割り込む。それは「神」を半殺しにした少女の、心の芯まで凍てつくような響き。
「ねえ……かみさま。本当に守る気なんてあったの?」
みたの垂れ下がった狐耳が、かすかに動いた。
「………何を……言う。たわけが……」
止まらない血を吐き捨てながら、途切れ途切れで拒絶を口にし、不遜な振る舞いをする彼女を睨みつけた。
「人を……それも……わしの大切な人を……躊躇なく切り殺そうとした貴様が……口に出していいものではない……!」
「……じゃあ、あんたは命に変えてもあの男(榮)を守れるの?」
「………は?」
「知人。友人。愛人。それとも家族? 私は、あんたらの関係なんて知ったこっちゃないけど、普通、親友以上なら守れるよね」
「……何を、言っておる……」
愉悦に満ちた甲高い声が、白濁していく意識の奥へと容赦なく突き刺さる。
「あぁ今のは、窮地の際に、お互いの関係がどの程度だったら命を差し出せるか、聞いただけだよ」
「………」
「私だったら……誰も選ばない。人は誰も信用できない、すぐ裏切る。見捨てる。従えようとするから」
口元から血をポタポタと零しながら、酷く不愉快であるとでも言うように吐く。
それは、目の前にある「命懸けの絆」という現実を、何が何でも否定しようとする呪詛のようで、
「あなたが神様だから言ってるの。あなたも人がそうだと思う……?」
彼女の薄く光る黒い瞳には、血を流す神への嘲笑と、何かを渇望するような狂気が混ざり合っていた。
「……知ったことか。神は、たとえ裏切られようと見捨てられようと、人々から聞いた願いを成就させてあげるだけ……。それと……神と人間の関係など………知人以外の何者でもない」
「へぇ……。でも、さっき大切な人って言ってたよね? あの男は人間だけど、どういうこと? 矛盾してるよね」
「っ……!」
嘘を見破った子供のように目を輝かせ、少女はしゃがみ込み、みたの顔を覗き込んできた。
「んー? なんとか言ったらどうなの? やっぱり友達なの? 親友なの? それとも……好きな人?」
「黙れ……黙れっ………」
「でも、神様なのに……人間のこと好きになっていいの?」
「うるさい……! 黙れ、黙れ……!」
「だめだよねぇ……神が人間を好きになるなんて。……本当のこと言いなよ。どうせもう、この後死ぬし」
アスピラの無慈悲な問いかけが、みたの心を容赦なく抉る。
なぜ、こいつがそれを知っている。誰も知る由もない、神と人間の「恋」を。
いや、それは恋と呼ぶにはあまりに歪な未練だったか……。
かつて愛した一人の人間『かみしろ』。その面影を、酷似した男(榮)に重ねて求めてしまったという、決して暴かれてはならない神の秘密。それを、アスピラは容易く見透かしていたのだ。
「……貴様は、何者なのじゃ……」
口元から血の赤を滴らせながら、みたは目の前の悍ましい何かを見上げた。敵はくすりと喉を鳴らし、自らの壊れた過去を愛おしむように告げる。
「アスピラ――またの名を、宝来愛莉ってとこ」
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