63話 『九尾の神炎』――慈悲なき幻炎
お読みいただきありがとうございます! 今回はみたの視点で話が進みます。
追記 投稿頻度を週4から週3に変えさせていただきます。
「がふッ……」
短刀を握りしめたまま、アスピラが壁際へと激しく崩れ落ちた。口からは赤い鮮血がポタポタと流れ落ち、下を向いたまま身動き一つ取らない。
「榮、下がれ!」
「は、はいっ!」
悲鳴に近い声を上げ、榮が慌ててこちらの方へと逃げ込んでくる。怯えている榮を庇うため、一歩前へ出た。
「ここは神域じゃ。わしの目の届く場所で、好き勝手はさせぬ」
壁に張り付くように倒れているアスピラが、その一声に呼ばれたかのごとく、ゆったりと、不気味なほど滑らかな動きで身体を起こした。
致命傷の蹴りを食らったというのに、口元は未だ余裕を崩さない、薄い笑みが刻まれている。
「……が……グッ!」
(むう……まだ笑えるか、この娘。並の胆力ではない。あるいは、完全に狂気に染まっておるか)
カチリ、と硬い音を立てて、短刀を再び握り直すアスピラ。その刃先が、一直線にこちらへと向けられる。
枯れているガビガビとした声で、みたに呼びかけた。
「……やっぱり、そうなの。あなたも普通じゃない……」
「さて、どうじゃろうか」
今もガタガタと震えている榮を、完全に自分の死角へと隠す立ち位置に変え、言葉を続けていった。
「普通じゃないのはそっちじゃろ? アスピラ」
「………え?」
あの蹴りは、ただ力任せに吹き飛ばしたものではない。確実に動きを封じるべく、身体の要所――的確に骨と勁の交点を狙い澄ました一撃だったはずじゃ。常人であれば、激痛にのたうち回り、すぐに立ち上がることなど到底不可能なはず……。
――それを、まるで埃でも払うかのように平然としておる、貴様の方が普通ではないじゃろが。
体の節々をポキポキと鳴らし、立ち上がったアスピラは、「もう一度」という言葉だけを伝えて迫ってきた。
不気味な笑みを正面から受け止めながらも、意識を背後の榮へと向ける。
声を出す余裕すら惜しいこの緊迫感の中、脳内で直接語りかける――『精神感応』を発動したみた。
(榮、ひとまずあの家屋の陰に隠れておれ。わしが合図するまで絶対に顔を出すでないぞ……!)
頭の中に直接響いたみたの声に、榮は驚いたように目を見開いていたが、すぐにわかりました、と言わんばかりに頷くと、脱兎のごとく走り去っていった。
よし、これで背後の憂いは断った――
「さて……存分に暴れてよかろう」
開始の言葉と共に、目にも留まらぬ速さで神速するアスピラ。その手から三本の短刀が容赦なく放たれる。
鋭い風切り音を立てて迫る、初手の刃。
(たかがそんな小細工が、わしに通じると思うてか?)
「ヌルいわ」
周囲に、紅蓮の炎――『狐火』が揺らめきながら一瞬で展開する。
激しい金属音とともに、放たれたナイフのすべてが、狐火の生み出した熱波の壁に弾き飛ばされて虚空を舞った。
間髪入れず、みたはカウンターを狙って地を滑るように踏み込む。
――例え、アスピラが異常なタフさを持っていようが関係ない。その身が消し飛ぶまで、何度でも叩きのめしてやるだけ。
ナイフをすべて叩き落とされたアスピラが、一瞬だけ目を見開いて動きを止めたその隙、
「そこじゃッ!」
狐火の残光をまとったまま、一足飛びにアスピラの懐へと二連撃。掌に火の妖気を凝縮させ、最後に手加減なく打ち放つ。
「あがッ……!」
衝撃波を伴う一撃が綺麗に決まり、アスピラの身体が再び大きく吹き飛ぶ。
続けて、空中に浮いているアスピラを目がけ、狐火が意思を持つ蛇のように、次々とその四方から襲いかかった。
「ぐっ……、あつ、ぃ……!」
激しい炎の渦に囚われ、アスピラが初めて苦悶の声を漏らす。そして――
(肉体がある以上、わしの狐火を浴び続ければただでは済まぬ。が、なぜじゃ)
みたは確かに、紛れもない『火』を使い、絶え間なく攻撃し続けていた。しかし、ここでゾッとしたあることに気づく。
「なぜ……なぜ燃えておらぬ」
そう。アスピラは人間にも関わらず、火を浴びせられても焼き焦げたあとや溶けている箇所が、一つも見当たらないのだ。
さらに――
おや、とみたは自分の身体に奇妙な違和感を覚えた。四肢の奥底から、じわりと鉛を流し込まれたかのような奇妙な重みが這い上がってくる。
……ふむ、先ほどの攻防でちと体力を使いすぎたか? いや、あの程度の実力の小娘を相手に、わしが息を切らすことなどありえん。大したことではない、ただの気の迷い――。
そう自分に言い聞かせ、トドメの一撃を食らわせてやろうとした直後――




