62話 神域での死闘 『開戦』
みたの神域に訪れた人物――そこから始まる、歪な戦い。
8月21日 47話を修正しました。
「お前さん……」
みたの低く警告を含んだ声に対しても、アスピラは顔に張り付いた薄笑いを一切崩そうとはしない。
「安心して『狐の神様』。今日はね、ちゃんと明確な目的があってここに来たの」
軽い口調。しかし、その言葉と同時に、アスピラは細身の短刀をぎちり、と容赦なく握り直した。
「――五葉っていう、女の子を殺す」
「………」
そこには、悪意も、躊躇も、一切の迷いすらも感じさせない。
みたは「はぁ……」と、静かに胸の空気を吐き出す。
「……そうか」
「ねえ、狐のお姉さん。さっきまで、あの子たちがここにいたんでしょ?」
「……お主、本当に何をしにここへ来た」
「ふふっ、本当は全部分かってるくせに」
悪魔みたいに楽しそうに、ケラケラと笑った。歪に歪んだ笑顔のまま、アスピラはシュッと短刀の切っ先を地面へと向ける。
「――今度こそ、絶対に逃がさない、逃がしたくない……」
そして、衣服の隙間から覗く、みたのふさふさとした神聖な狐の尾が、怒りに震えて揺れている。
「……ここから、今すぐ立ち去れ、愚物」
先ほどまで五葉たちに向けていた、あの温かく穏やかな雰囲気はどこにもない。そこにあるのは、侵入者を冷酷に排除せんとする『神』の威圧そのもの。
しかしアスピラは、その圧倒的な神の気配に気圧される様子もなく、
「――嫌だ、と言ったら?」
その挑発を、みたは一顧だにせず切り捨てた。
「その時は、わしは容赦はせぬ。仕掛けてくるなら、こちらも貴様の首を飛ばす」
互いの殺意が爆発せんとする――まさに、その一瞬手前。
「あれ。なんか、ものすごい空気になって――」
「っ……!?」
そこには、つい数十分前にここを後にしたはずの――榮がゆたゆたと歩いてきていた。
みたの美しい眉が跳ね上がり、アスピラも、それと同時に声のした方へと振り向く。
「神代……」
「あ……」 と、榮は二人の姿を見て、凍りついたようにその場に足を止める。
(アスピラ!?)
みたの端正な表情が、絶望に似た焦燥でガチガチに固まる。
アスピラという凶刃の前に、守るべき無力な人間が、自ら飛び込んできてしまったのだ。
「……榮。なぜ……なぜ戻ってきた……!」
「いや、携帯を、この場所に置いてきたから……」
生唾を飲み込みながら、俺は辛うじてそれだけを答えた。
「……榮君?」
ゆったりと首を傾げながら、アスピラは榮へと顔を向け、まるで獲物の品定めでもするかのように、じっと彼を観察する。
「へぇ……わざわざ殺されるために来てくれたんだぁ、嬉しいなぁ……!」
「いやッ……違くて……」
「探す手間が省けたよ。ありがとう!」
――目の前にいるのは、前に五葉や澪華、さらには蒼真までをも容赦なく襲った、あの狂気の女。
忘れ物を取りに戻るためだけにここに来たというのに、最悪、最悪なタイミングだ。
下手に動けば殺される。いや……動かなくても殺される。
「ッ……! 話は後じゃ! 榮、今すぐここから離れろ!」
「でも……」
「言い訳などどうでもよい! この状況をわきまえろ、阿呆ッ!!」
いつもは泰然自若としているみたが発した、初めて剥き出しにした焦燥の怒号。
「ご、ごめ……!」
美しくも恐ろしい神としての貌で、珍しく激しく声を荒らげたみたに、榮は勢いで謝ろうとしたその直前――
ガッ――!!
「はっ!?」
爆音。いきなり、アスピラが地面を爆砕するような踏み込みで、一瞬にして間合いを詰めてきた。
脳がその異常な速度を認識し、反応するよりも遥かに早く。
「じゃあ、先に一人目……」
アスピラの手に握られた冷たい短刀の切っ先が、すでに彼の腹部へと浅く押し当てられている。
「……っ?」
榮の身体が、死の恐怖で完全に凍りつく。刃が皮一枚を裂き、鉄の冷たさがじわりと脳髄に染み渡る――。
(あ、死ぬ――)
だが、その致命の一撃が突き刺さる直前。
「どけッ!」
みたが爆風のごとき踏み込みで、真横からアスピラを蹴り飛ばした。
――ドガァッ!!
強烈極まりない蹴りが、アスピラの細い横腹へと完璧に突き刺さり、そのまま砲弾のように大きく弾き飛ばされる。
彼女の身体は空中を一直線に真横へと吹き飛び、頑丈な木の壁へと猛烈な勢いで叩きつけられた――。
ブックマークも評価もよろしくお願いします! リアクションも大歓迎です!




