57話 女性には嫌われる男
玄関前で起きていた言い合いも、なんだかんだで落ち着いてきたのだが――
8月16日 編集済み
――一波乱あった蒼真と澪華。二人の話し合い(正確に言えば言い争いでもあったが)も、とりあえずの終止符を打った。
話し合いが終わり、澪華はスタスタとキッチンの方へ向かっていく。
「私は少し飲み物を用意してきます」
「わかりました」
そうしてリビングには、蒼真、榮の2人だけが残された。それと同時に、さっきまで隣の部屋の隅で荷物を詰め込んでいた五葉が、リビングの机へと歩み寄ってくる。
「それにしても……参考書ですか」
榮が呟く横で、五葉は机の真ん中に置いてあったお菓子をパッと頬張り、そのまま会話に参加した。
「いや、笑うなよ。俺だって勉強するし」
「笑ってないですよ」
「……その顔は笑ってる」
「でも、なんで参考書なの?」
五葉が不思議そうに首を傾げる。
「聞いてたのか。まあ、単純に勉強するためさ」
「自分でお金稼いで買えばいいのに」
「自分で稼ぐだけじゃ足りないから、借りたんだよ」
蒼真は少しバツが悪そうに視線を泳がせた。
「そんなに? 参考書ってそんなに高いの?」
「何冊か買うからな……ていうか、もうその話はやめてくれ」
「う、うん」
五葉に押し切られるようにして、蒼真は言葉を濁す。さっきまで明るい表情だった彼の顔が、急に少し暗くなった。
(――『参考書』、か……)
横でやり取りを聞いていた榮は、胸の内に小さな違和感を抱いていた。
『参考書』という単語が出たときから、少しおかしいなとは感じていたのだ。
中学のとき、蒼真さんは生徒会長を務めていた。常に生徒会のリーダーとして先頭に立ち、周囲の誰もが『ずば抜けて優秀な人』と認める存在。そんな人が、無計画にお金を使って人から参考書を借りるだなんて――到底思えない。
(何か、別の理由があるんじゃないか……?)
榮は暗い影を落とす蒼真の横顔を、静かに見つめることしかできなかった。
……それと、澪華さんも蒼真さんとは長い付き合いだと言っていた。言葉にしないだけで、きっと彼女もすべてを理解しているのだろう。
(……蒼真さんの本心を聞いてみたい。だけど……)
今の蒼真さんに踏み込んだ質問をすれば、怒らせてしまうかもしれない。
そう思った榮は、それ以上の追及をぐっと飲み込んだ。
「そういえば!」
その場の重苦しい雰囲気をガラリと変えるように、榮はあえて明るい声を張り上げた。
「今日から夏休みなんですよね、蒼真さん?」
「あぁ、そうだけど」
「なら、夏休みは何をする予定なんですか?」
「夏休み……あ」
その言葉に、蒼真はハッとしたように顔を上げた。暗い表情は一瞬で消え去り、何かを思い出したように人差し指をピンと立てる。
「その言葉を聞いて思い出した。昨日、みた様が言ってたんだけどさ。この夏休みの間に、また5人で一度集まりたいらしいんだ」
「5人って、俺たちのことですか?」
「そうだ」
(何かアスピラに関わる情報でも掴めたのかな。そうだったらいいんだけど……)
榮が内心でそんな期待を抱いていると、蒼真が肩をすくめた。
「用件は、異能のことについてらしい。それしか伝えられてない」
その言葉に、今度はお菓子を食べていた五葉が興味深そうに身を乗り出してきた。
「異能のことか……なんだろうね」
「さあな。俺もさっぱり分からない」
カタッ――。
そんな話をしていると、キッチンのほうから小さな物音が響いた。
異変に気づいた五葉が、そちらへチラッと目を向ける。
リビングとキッチンの境目。そこに、澪華がしゃがみ込んだ状態で、こちらをじっと見つめていた。
その手には、人数分の飲み物が乗ったトレー。
どうやら彼女は、いつの間にか戻ってきており、3人の話を静かに聞いていたようだった。
「澪華? 聞いてたの?」
「別に盗み聞きしていたわけではありません」
五葉の問いかけに、澪華は平然とした顔で応じながら、トレーをテーブルへと置いていく。
「ただ、ずいぶん興味深い話をされていたようなので」
「澪華も混ざればいいのに」
「私はもう大人ですから」
「それ関係ある?」
五葉のツッコミに、澪華は少し困ったように眉を下げ、自分の飲み物を手に取った。
上品に一口喉を潤すと、彼女はふと立ち上がる。
「そういえば、買い物に行かなくてはなりませんね」
「買い物?」
「はい。冷蔵庫の食材が少なくなっているので」
「なら、私も行くよ。暇だし」
「そういうことなら、よろしくおねがいします」
――五葉たちが「買い物に行ってくるね」と言って出かけた、数分後のこと。
「……そうだ。榮、先に伏見稲荷へ行かないか?」
「え、みたさんのところですか?」
「あぁ、そうだ。あの場所に行けば落ち着くし、なにより俺は、みた様と話がしたいんだ」
(俺も特にこの後は予定はないし、行こうかな……)
「蒼真さん。俺も行きます」
「ん、了解。じゃあ、早速行こうか」
◇
朱塗りの鳥居をくぐり、榮と蒼真は境内の奥へと進んでいく。
やがて、お目当ての場所――みたのいる空間へと辿り着いた。
そこにいたのは、見慣れた『神様』の姿。
艶やかな巫女姿に、頭上できつね耳をピコピコと揺らしている。シュッとした綺麗な顔立ちをした、榮の知る『みた』がそこに佇んでいた。
「みたさん」
「お、よく来たのう榮よ。それと蒼――」
声をかけると、みたは嬉しそうに振り返る。しかし、みたの言葉がそこでピタリと止まった。
そのとき――。
バシッ!
「痛っ!」
静寂を破る鈍い音が響き、蒼真の頭にみたの拳が容赦なく振り下ろされた。みたはフンと腕を組み、頭を押さえてうずくまる蒼真をギロッと睨みつける。
「な、いきなり何するんですか……っ!」
「遅刻じゃバカモノ!」
「……え?」
「俺、今日ここに来る約束なんてしてましたっけ?」
「しておらぬが」
「……」
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