↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第二章 『伏見稲荷編』
60/75

56話 一味違った夏休み

小説の投稿文字数が10万字を突破しました〜!皆様のおかげもあってのことです!本当にありがとうございます!

◇



榮と五葉は、澪華に促されて家の中へと足を踏み入れた。


「お邪魔するね」


「どうぞ」


五葉が靴を脱いで上がった、そのとき。玄関先で、蒼真がぴたりと立ち止まっていることに気づく。


「あれ、蒼真さんは?……あ」


五葉が怪訝そうに振り返った、その視線の先。玄関のドアの手前で、澪華が蒼真の腕をがっちりと掴み、リビングへと引き戻そうとしていた。


澪華は蒼真の腕に、容赦なくギギギと力を込める。


「ほら。戻りますよ」


「あだっ……! 痛ぇ、痛ぇ……っ!」


「話し合いは、まだ終わっていません」


「ごめんって……! 俺が悪かったから、マジで!」


必死に悶絶する蒼真を、澪華は冷ややかな、しかし絶対に逃がさないという強い視線で見据えた。


「まだです。それに、今回の話を持ちかけてきたのはあなたでしょう? 発起人のあなたが逃げてどうするんですか……」


「そ、それは……」




――結局、蒼真の必死の抗議も虚しく、澪華はそのまま彼を家の中へと容赦なく連れ戻していった。


ガチャン、と無情に閉まるドア。

そんな嵐のような様子を見送った五葉は、慣れた様子で自分の荷物を取りに向かう。つい最近まで暮らしていた家だけあって、どこに何があるのかは完璧に把握しているのだ。


クローゼットの奥から、五葉は大きめのボストンバッグを引っ張り出した。


「これに入れていこう」


ジッパーを勢いよく開け、手際よく荷物を詰め込んでいく。これから必要になりそうな洋服や、身の回りの日用品が、次から次へとバッグの中へと吸い込まれていく。


今は俺の家で暮らしているため、こちらに残していた荷物をまとめて持っていく算段らしい。


「それ、結構入るんだな」


俺が少し離れた場所から眺めていると、五葉は器用に服を畳みながら答えた。


「うん。前に旅行とかで使ってたやつだからね」


「なるほどね」


五葉のテキパキとした手元を見つめながら、俺は別のことを考えていた。


(……それにしても、さっきの澪華さんたちは、一体なぜあんなことになってるんだ?)


玄関先でのあの剣幕は、ただ事ではなかった。確か、さっき蒼真さんが『お金のこと』って言っていたはずだ。


(……ちょっと、様子を見に行ってみるか)





――それと。さっきの澪華さんたちは、一体なぜあんなことになってるんだ?


でも、さっき蒼真さんが『お金のこと』って言ってたな……。少し様子を見に行ってみるか――。


リビングのドアをそっと開けると、室内からは相変わらず険悪な話し合いの声が響いていた。


「だから、今の俺には必要だったんだって」


「その理由で、私のお金を使っていいということにはなりません」


「じゃあ、どうすればいいんだよ……」


蒼真が頭を抱えてガックリとうなだれるが、澪華は冷徹に腕を組んだままだ。


「まずは自分で働いてください。それからです」


「俺、一応働いてるんだけど……(バイト)」


「なら、もう少し計画的に使っていればよかったじゃないですか」


「はい……」


榮はそのやり取りを眺めながら、何とも言えない顔になってしまう。


ぐうの音も出ない澪華のド正論に、蒼真は完全に縮こまってしまった。

ドアの隙間からその一連のやり取りを眺めていた俺は、何とも言えない複雑な顔になってしまう。


夏休み初日の朝だっていうのに、まだ何も始まっていない段階から、すでに妙に騒がしい一日になりそうだ。




――五葉が部屋でバッグの口を閉じた頃になっても、リビングに響く澪華と蒼真の話し合いは一向に終わる気配がない。

しばらくドアの隙間から二人のやり取りを眺めていたけれど、さすがに気になってしまい、俺は意を決してリビングの中へと足を踏み入れた。


「……あの、結局何のお金なんですか?」


思い切って会話に割って入ると、蒼真はハッとしたようにこちらを振り返る。


「それは……その……」


急に蒼真の歯切れが悪くなった。横では、澪華が腕を組んだまま、冷ややかな視線をジッと蒼真へと送り続けている。


「……本人から説明させましょう」


澪華がため息混じりに告げると、蒼真は嫌そうに顔を歪めた。


「えぇ……」


「ほら、早く」


「……参考書」


「……え? ……参考書、ですか?」


あまりにも予想外の単語が飛び出し、俺は思わず聞き返してしまった。


「そう、勉強用のやつだよ」


「……え?」


「だから! その参考書を買いたかったんだよ!」


俺の困惑した顔に耐えかねたのか、蒼真は少しやけくそ気味に声を荒らげた。


(……思っていたより遥かに普通の理由だ)


てっきり何かとんでもないトラブルにでも巻き込まれたのかと身構えていた俺は、一気に肩の力が抜けていくのを感じた。


「……それで、そんなに怒られてたんですか?」


「はい。自分で買うお金が足りないからと、私に全額出してほしいと言ってきたんです」


澪華はフン、と鼻を鳴らして呆れたように言う。


「でも、勉強するためだぞ……?」


蒼真はなおも往生際悪く食い下がる。


「それは分かっています」


「じゃあ――」


「ですが、あなたは以前にも同じことを言って、私のお金を使ったでしょう? しかも、あれは嘘でしたし」


「……っ」


決定打を突きつけられ、蒼真は完全に言葉を失って目を逸らした。


「その結果がこれです。ですから本当は、金輪際あなたにお金など貸したくありません……」


(……なるほどなぁ。でもまさか、朝から聞こえていたあの激しい口論の原因が、参考書を巡る押し問答だったとは思わなかったな)


俺は二人のパワーバランスを察して、内心苦笑いする。


澪華は黙り込んでしまった蒼真を見て、深く、重いため息をついた。その冷ややかな視線には、もはや怒りというよりも、底知れない呆れが滲んでいる。


「本当に……情けない」


「……」




――しばらくの沈黙の後、澪華はとうとう折れたようにバッグから財布を取り出した。


「……今回で最後ですからね」


「って……本当か!?」


それまで死にそうな顔をしていた蒼真の表情が、一瞬でぱっと明るくなる。


「ありがとう澪華……っ!」


「……ただし」


喜びかける蒼真を遮るように、澪華は財布からお札を取り出しつつ、射抜くような真剣な眼差しを彼に向けた。


「『必ず』返してください」


「分かってるって……」


「絶対ですよ?」


澪華の有無を言わせないプレッシャーに、蒼真は小さくなって「……はい」と頷くしかなかった。





星マーク評価もお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。