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特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第二章 『伏見稲荷編』
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53話 『幸せ』の潰えた少女

話し合いを終え、解散した榮たちの裏で――

――その後、みたとの話し合いがようやく一段落した。


みたはふぅと小さく息を吐き、空を見上げる。


蒼真の異能の代償について、それからアスピラという存在について。予想以上に重く、長い話し合いを重ねていたせいで、気がつけば京都の夜はすっかり深まっていた。


「もうこんな時間か」


みたは静かに立ち上がると、俺たちを穏やかな視線で見渡した。


「今日はもう帰るのじゃ。またの機会に会おうぞ」


その言葉を聞いて、俺と五葉は自然と顔を見合わせる。


アスピラとの激闘、そしてこの話し合いでの緊張感から解放され、身体に一気に疲労が押し寄せてくるのが分かる。


「じゃあ、俺たちは祖父母の家に戻ります」


「気をつけて帰るのじゃぞ」



こうして俺たち4人は、2組に分かれて伏見稲荷をあとにした。


俺と五葉は、ひとまず俺の祖父母が待つ家へ。

蒼真さんと澪華さんは、それぞれ自分たちの家へ。


あの激しい戦い――死が浮き彫りにのようになっていた戦いが、嘘のように静まり返った夜の京都に、俺たちのそれぞれの足音が、静かに消えていく――。



◇



同じ頃――高層ビルの屋上。


冷たい夜風が吹き抜ける中、私は鉄扉の前に立っていた。


アスピラ――宝来愛莉。 


……しばらく扉を睨みつけ、意を決したようにドアノブへ手を伸ばす。 


なんとなく、呼び出された理由は分かっていた。


ギィ……と静かに扉を開く。 

広々としている部屋のその最奥。重厚なデスクの椅子に、一人の人物が静かに腰掛けている。


「……来たか」


声は落ち着いていて、怒鳴る様子もない。 表情だって、大きく変わってはいない。 


――それなのに、肌を刺すような圧倒的な威圧感。


「アスピラ……」


「……はい」


短く静かに応じる。 その返事に対して、上長はしばらく無言のまま、冷徹な視線で彼女を値踏みするように見つめ続けた。


「私は、お前に何と言った?」 


答えない。いや、答えられなかった。


「再び、あの者たちと接触するな――こう伝えたはずだが?」


「……」


「任務の範囲を越えて行動するなとも言ったはずだ。それなのに、お前は命令を無視した」


咎めるような言葉に、アスピラは耐えかねたように視線を逸らす。 


重苦しい沈黙が部屋を満たしている。


「……五葉という少女を、殺す必要がありました」


「必要?」


上長の声が、ほんの少し低くなった。 

部屋の温度が一段と下がったかのような錯覚を覚える。


「誰が、お前にその判断を許した。お前は自分の感情で動いた……違うか?」


「……違います」


「では、なぜ追った?」


――沈黙が続く。 張り詰めた空気の中、アスピラはただ拳を握りしめていた。 


やがて上長は、冷淡に「ハァ……」とため息を吐き、


「君はこれまでに、何度同じ事をすれば気が済む? 私はこれまでずっと忠告してきたはずだ」


(……)


「だが、今回でもう私もお手上げだ。これ以上君に令を出すのも、バカバカしく思えてきた」


(…………うるさい)


「私がせっかく……『君の家族が死んだ後』に、君を仕事人として雇ってあげたというのに。残念だ」


(……………お前なんかに……)


アスピラの脳裏に、かつての凄惨な光景がよぎる。 爪が手のひらに食い込み、血がにじむほどの怒りが彼女を支配していた。


「まあ君の親は、借金を抱えきれずにどちらも死んでいった。そしてその借金は宝来愛莉――君に引き継がれたんだ。愚かで滑稽、無様そのものな親であるな」 


上長はくつくつと喉を鳴らし、愉悦に満ちた目で彼女を見つめる。


(………) 


――あぁ、もう、無理だ。 私の中で、何かが完全に切れる。


彼女の全身から、それまでとは比べ物にならないほどの漆黒の殺意が膨れ上がった――。


『お前は考えたことあるの? 家族を失った人の気持ち……』


敬語なんてどうでもいい。組織のルールなんて知ったことか。 今、この男を殺せるなら、私はなんだって捨ててやる。




――上長はそれ以上何も言わずに、机の上に置いてあったカップに手を触れる。


「……少し頭を冷やせ。アスピラよ」 


上長がカップを口元へ運ぶ。 

その瞬間、私の中で渦巻いていた怒りは、ガラスのように冷徹な殺意へと姿を変え、


「……はい」



私は、にっこりと微笑んだ。 すべてを吹っ切った、最高の笑顔でね。 

男がカップを傾け、喉を鳴らす。 その隙を見逃すほど、私は素人じゃない。


右手を背後に回し、小型ナイフの柄を握りしめる。 気配を消し、呼吸を止め、一歩ずつ間合いを詰める。 

足音はゼロ。絨毯がわずかに沈む音すら、この男の耳には届かない。


「ねえ、上長」 と声をかけられた男が、怪訝そうにこちらを振り向く。


「……何だ?」 


私は笑ったまま、爆発的な踏み込みで距離をゼロにする。 

――そして、隠していた刃を、男の心臓めがけて一閃――。




次回 アスピラ――宝来愛莉の過去。

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