47話 一時的な執着の消失
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みたの存在を敵対したアスピラは――。
――突如として「迎えに来た」と言わんばかりに、この死線の場所へと姿を表した『みた』。
目の前に立つみたの影からは、蒼真や五葉とはまるで次元の違う気配が漂う。
肌に刺すような刺々しい殺気ではなく、静かで底知れない、深淵のような何か。
その存在感に、アスピラは本能的な警戒心を今抱いているのである。
(こいつは、まずいかも。……たぶん、正面からだとまず勝てない)
戦えば、確実に殺される――そんな確信めいた冷たい戦慄だけがアスピラの胸をよぎり、その身体を硬直させる。
「お前さん。これ以上、人を傷つけるのはやめるのじゃ」
みたは耳に響く怒っているような、反対に優しいような声で話す。アスピラはその場で、釘付けになったように立ち止まっていた。
「お前さんにも、何かしらの事情はあるのじゃろう……が、それを理由に人の命を奪うことは、決して許されぬこと……」
アスピラはナイフの柄に込める力をわずかに強めた――。
それでも、踏み込むことはできない。目の前に佇む『神』を前にして、勝てるというイメージがどうしても湧かなかったのであった。
(なら……これ以上、ここで時間を浪費する必要は……)
「今日は……もういい」
ポツリと、それだけ呟くと、アスピラは握っていたナイフを下ろし、戦う気配は消え失せ、くるりと背を向ける。
まるで何事もなかったかのように、住宅街の路地を悠然と歩き始めたのだ。
蒼真は鉄パイプを構えたまま、遠ざかっていくその後ろ姿を見つめる。
「……逃げるのか」
五葉も警戒を解かない。
(あんなにも、私や蒼真を狙っていたやつが、こんなにあっさり諦めるなんて……何かあるに決まってる――)
そう確信した、まさにその瞬間。
歩き去るアスピラの右手が、背中の横でわずかに動く。ただ手首のスナップだけで、一振りのナイフを後ろへと弾き飛ばした。
閃光。鋭い銀色の軌跡が、一直線に蒼真めがけて走り――。
「……え」
蒼真がその殺気に気付いた時には、すでに避けられない距離まで刃が肉薄していた。
ザシュッ――!
鈍い音とともに、ナイフが蒼真の右脚のすね付近へ深く突き刺さる。
「ぐ、あッ……!」
激痛が駆け抜け、蒼真は思わず片膝をつく。
肉を深く断ち切る、生々しく鈍い音が路地裏に響き渡った。アスピラの放った容赦のない一撃は、蒼真の右脚のすね付近へと、深々と突き刺さっている。
「蒼真……っ!?」
五葉が悲痛な声を上げ、崩れ落ちた彼の元へと駆け寄る。
しかし、アスピラはそんな二人の動揺など意に介さず、足を止めることすらしない。ただそのまま、前を向いて悠々と歩き続ける。
その直前。 彼女は、一度だけこちらを振り返り、
「忠告」
「次に会ったら五葉、神代、蒼真。その三人は次で必ず殺すから……」
淡々とした、けれど絶対的な『死の宣告』。
その後、自然と執着というものを消し、アスピラの姿は夜の住宅街の向こうへと消えていってしまった……。
アスピラの悍ましい気配が、周囲から完全に消え去ったのを確認する。
「……行ったか」
張り詰めていた空気がようやく緩むが、みたの表情はまだ険しいまま。
蒼真は脚に突き刺さったナイフを押さえ、苦しそうに呼吸を繰り返している。傷口からはドクドクと血が流れ落ち、地面を赤く染めていた。
「蒼真……」
みたが静かに一歩踏み出し、
「まずは、一刻も早くこの場を離れる。やつが気まぐれに引き返してくるかも分からん。これ以上、ここにおるのは危険じゃからな」
的確な指示を受けながらも、五葉の視線は、どうしても動けない蒼真の脚元へと向いてしまう。
「でも……蒼真の脚があんな状態じゃ、走るどころか歩くことだって……!」
「案ずるな。蒼真は、わしが運ぶ」
みたは迷うことなく、蒼真のそばへしゃがみ込み、
「少し我慢しておくれ、蒼真」
そう短く声をかけると、みたはその華奢な体で、自分よりも大きい蒼真をひょいと背負い上げる。
「……っ、すいません、助かります……」
「なあに、礼は後じゃ」
短く答え、五葉へ視線を向けた。
「榮と澪華も心配しておる。すぐに向かうぞ――」
第一章 『日常裏の世界への入口』 幕引き




