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特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第一章『日常裏の世界への入口』
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43話 虚無の残響

43話をお読みいただき、ありがとうございます!

みた一行が被害者達を避難させる中、蒼真の動きとは――。

――住宅街に、静寂が戻る。先ほどまで聞こえていた悲鳴も、人々の足音も、もう遠い。

蒼真はゆっくりと息を整えた。


目の前に立つ女。アスピラ――いや、宝来愛莉。カフェで財布の情報を調べたときに知った、その名前が頭をよぎる。


(……どうする。)


五葉は壁際。一撃を受けた影響で動きは鈍いが、意識はある。自分が下手に仕掛ければ、その隙を突いてアスピラが五葉へ向かう可能性も……ある。まずは五葉から意識を引き離すこと――それが最優先。


蒼真はわずかに重心を落とし、いつでも動けるよう足を開く。その動きを見たアスピラは落ち着き、口元をわずかに吊り上げ、


「ふぅん……あなたが相手?」


先ほどまで五葉だけを見ていた赤い瞳、今度は蒼真を値踏みするように眺める。


「五葉は……後でいっか。先にあなたを片付けても、別に困らないし。」


アスピラは独り言のように呟く。言葉とは裏腹に、彼女は一歩も踏み出さず互いの距離を測りながら、相手の出方を待っている。


蒼真も同じ。不用意には動かない。


「ん……あなた普通の人間じゃないでしょ。」


蒼真は何も答えず、無視をする。


「雰囲気でわかる、目の感じは違うみたいだけれど……」


「……面白い。五葉を殺す前に、あなたをおもちゃみたいに遊んであげようかな。」


その一言で、蒼真の表情がわずかに変わった。それは冷たく、静かな決意――。


(挑発には乗らない)


(それと、必要なのは勝つことじゃない。五葉をここから離し、その時間を作る)


蒼真はゆっくりと息を吐き、視線を真っ直ぐアスピラへ向け、


「おい、宝来愛莉。」


その名を呼ばれた瞬間、アスピラの眉がぴくりと動く。


「……その名前を。どこで知ったの?」


アスピラがそう言ったとき、蒼真は心の中で確信していた。


――掴んだ、掴んだぞ。この女は、『宝来愛莉』という名前に反応する。 戦うだけが勝負じゃない。言葉一つで相手の意識を揺らせるのならそれもまた、自分にできる戦い方。



――アスピラは蒼真の顔を数秒見つめた。


「……なるほどね。」


表情から驚きは消えていき、皮肉っぽく笑う。


「財布を落とした時は少し焦ったけど、結局そこから辿り着いたの……ね。」


「宝来愛莉。その名前を知っている理由なんて、それしかないもの。」


蒼真は何も答えず、肯定も否定もしない。だが、その沈黙がかえって答えになっているのである。


「ふふっ、やっぱり。」


アスピラは一歩、蒼真との距離を縮める。その歩き方は自然、警戒心を抱かせないほどゆっくりと。しかし、両手は服の背中側へ静かに回っていく。


指先が触れたのは、衣服の内側へ隠していた一本のナイフ。黒い鞘に収められた、細身の特殊な刃。

当然、蒼真からはその動きは見えない。アスピラは何事もないように歩き続ける。


「せっかく人間らしく暮らしていたのに。名前まで知られちゃったなら、……もう隠す意味もないよね。」


穏やかな口調とは裏腹に、右手は静かに柄を握る。あと少し。あと数歩。互いの間合いへ入れば、一瞬で抜ける距離。


蒼真はアスピラの足運びを見つめていた。


何かおかしい。表情にも、呼吸にも乱れはないが、それでも、言葉では説明できない違和感だけが胸に引っ掛かる。


(まだ……何かある……?)


蒼真は、アスピラから一瞬たりとも視線を逸らさない。


一定の歩幅、一定の呼吸。笑みを浮かべたまま近づいてくる姿には、一見すると隙がない。


が――。


(来る……!)


根拠はなかった。ただ、これまで集めた情報と、目の前の女の性質から導き出した結論。


この距離まで近づいてきた理由は、一つ。

殺すため。しかも、躊躇なく急所を狙う。



――蒼真の視界の端に、一本の鉄パイプが映る。工事資材なのか、住宅の脇へ無造作に転がっていたものだ。


アスピラとの距離は、あと数歩。右手は依然として背中側に隠れている。


(やはり、武器か……)


足元を崩さないよう体勢を保ったまま、左足を半歩だけずらす。その動きに合わせ、つま先が鉄パイプへ触れ、音を立てないよう静かに引き寄せる。


その動きにアスピラは気付かない。いや、気付いていても意に介していないのかもしれない。


「ねえどうしたの?ずっと黙っちゃって。」


その声と同時に、二人の間合いが重なる瞬間――。アスピラの右肩がわずかに沈んだ。


(今だ!)


蒼真は反射的に身を引くと、足元の鉄パイプを掴み上げる。同時に、アスピラの右手が背中から閃き、細身の刃が夕日を反射して一筋の銀色を描く。


「……くっ!」


狙いは一直線、蒼真の胸。だが、その軌道へ割り込むように鉄パイプが振り抜かれる。


――ガンッ!


金属同士が激しくぶつかる音が路地へ響いた。刃先は蒼真の身体へは届かず、大きく軌道を逸らされる。

ナイフはアスピラの手を離れはしなかったものの、狙いは完全に外れ。


「……へえ。」


狙いを外されたアスピラのその声には、驚きが混じっている。蒼真は鉄パイプを構え直し、静かに息を吐く。


「まあ、そうくるよね。」


短くそう告げ、アスピラはまっすぐ見据えた。これで終わりではない――。










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