38話 抗争の予兆
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蒼真は、昨日聞けなかったアスピラの情報を求め、みたの元へ訪れた――。
――澪華は最後にもう一度だけ二人を見つめると、小さく頭を下げ、
「それでは、私はこれで失礼します。ですが、あまり無茶はしないでください。」
と言葉を残し、静かに踵を返す。朝日に照らされたその背中は、段々遠ざかっていき、やがて住宅街の角を曲がって見えなくなった。
「……行ったな。」
榮がぽつりと呟いた後、その隣で
「ふふ。」
と小さな笑い声が聞こえた。
榮が振り向くと、五葉がいたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべている。
「……五葉?どうしたんだ。」
五葉は榮を見るなり、にやっと笑う。
「勝った。」
「……何に?」
「内緒。」
そう言うと、そのまま家の中へ戻っていく。
「え、おい!」
榮は訳が分からず後を追うのであった。
五葉は自分の荷物が置いてある部屋へ入り、ランドセルを背負う。教科書を確認し、水筒を持ち、手際よく学校へ行く準備を済ませていく。その間も、どこか機嫌がいい。
鼻歌こそ歌わないものの、足取りもいつもより軽かった。
五葉の態度に、榮は腕を組みながら首を傾げる。
「……本当に何があったんだ?」
「秘密。だから教えない。」
「なんだそれ……」
準備を終えた五葉は、玄関で靴を履く。
「じゃあ、行ってくるね。」
「ああ。」
朝の住宅街には、小学生たちが友達と話しながら登校する姿が見える。
五葉もその流れに混ざりながら歩き始めた。
同じ頃、京都市内――。
朝の空気がまだひんやりと残る中、蒼真は伏見稲荷大社の石段をゆっくりと登っていた。
朱色の鳥居が朝日に照らされ、静かな境内には参拝客の姿がまばらに見える。
「昨日は、榮のことで終わってしまったからな……」
今日、ここに来るの目的を――
「アスピラ……か。」
いや、宝来愛莉という女性について聞くことだ。昨日は榮のかみしろの話になり、その件を聞くことができなかったからな。
蒼真は迷いなく千本鳥居へ足を踏み入れ、昨日と同じ道を進み、幾重にも連なる鳥居をくぐり抜けていく。
――やがて、狐の石像が数多く並ぶあの場所へ辿り着く。だがそこには誰の姿も見当たらない。
「みた様……いらっしゃいますか。」
返事はない。しかし蒼真は慌てる様子もなく、その場で静かに待った数秒後――、
「朝から珍しいの。」
聞き覚えのある声が背後から響いた。蒼真は振り返り、穏やかに微笑む。
「おはようございます、みた様。」
そこには昨日と変わらぬ巫女姿のみたが立っていた。
白い小袖に緋袴。頭には狐耳がぴんと立ち、朝日を浴びてふわりと輝いている。
「昨日会ったばかりじゃというのに。」
「今日こんなに早く来るとは、よほど急ぎの用件のようじゃな。」
「はい。昨日聞けなかったことがあるので。」
「うむ、何を聞きたいのじゃ?」
蒼真の表情から少しずつ笑みが消え、
(知っていればいいのだが……)
「宝来 愛莉という、女性について聞きたいのですが。」
「何かその人について、知っていることはありますか?」
「……その娘について、か。」
「はい。」
「何でも構いません。少しでも手掛かりがあれば。」
腕を組み、狐耳をピクピクと揺らしながら考える。
「ふむ……」
蒼真は、「きっとみた様なら知っているだろう」と期待を懸けるが――、
「正直に申せば。」
「わしには分からぬ――」
そこまで口にしたところで、みたの言葉が止まる。
「……」
が、何かが引っ掛かったように、みたは眉をわずかに寄せ、視線を落としたまま、しばらく考え込んでいた。
「……いや、待つのじゃ。」
何かを思い出そうとするように、またゆっくりと目を閉じ、
「確かな話ではないが……あるには、ある。」
「じゃが、それがあの娘と繋がっておるかどうかは分からぬ。だから、今まで口にせなんだ。」
――あの娘?
「お前さん。その者の特徴を、ちと教えてくれ。」
「え……あぁ、わかりました。」
「……歩きながら話そうかの。ここは人の出入りもある。それに、あまり聞かれて良い話ではなさそうじゃからな。」
その場で話を続けることはせず、ゆっくりと歩き始めるみた。蒼真もその後をスタスタとついていく。
「まず確認じゃ。」
「その娘の特徴を、できるだけ詳しく話してくれぬか。」
蒼真は淡々と答える。
「まず、性別は女性です。年齢は10代後半くらい、髪は金髪で、黒い瞳。見た目だけでも十分目立つ容姿です。」
「ふむふむ……」
さらに続ける。
「名前は、アスピラ。ですが、一般では宝来愛莉という名前で生活していて。」」
「……」
「路地裏に財布を落としていて、それがきっかけで身元だけは判明している状態です。」
(宝来 愛莉……か、なるほどのう)
「彼女は人を殺そうとすることに、一切ためらいがなく、むしろそれを楽しんでいるようにも見えた……」
「なるほどの。」
話し終わると、申し訳なさそうに謝る蒼真。
「俺が知っているのはこれくらいです。俺はその場で彼女を見ていないので、今、話したことは榮から聞いた情報なんです……」
「いや、問題ない。……それと、お前さんの話で少し見えてきたものがあるぞ。」
みたの狐耳がぴくりと揺れる。遠くを見つめながら、
「もし、わしの考えておる通りなら……これは、お前さんたちだけでどうにかできる話ではないかもしれぬの。」




