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特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第一章『日常裏の世界への入口』
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37話 聞きたいこと、話したいこと

第37話をお読みいただきありがとうございます!

玄関を出ると、前に凛々しく立っていたのは――。

そしてそこから、榮の人生の歯車も動き出す。

――前には、澪華が静かに立っていた。


肩まで伸びた黒髪、少し色白な肌。

そして、どこか鋭さを感じさせる瞳。


「……澪華さん。」


榮が声を掛ける。

澪華はゆっくりと顔を上げ、二人を見た。


「おはようございます。」


いつも通り落ち着いた声。

しかし、その表情にはどこか不機嫌そうな色が浮かんでいる。

眉がわずかに寄り、口元も少しだけへの字になっていた。


「ん、澪華……?」


「退院したの?」


澪華は小さく頷く。


「はい。」


「昨日の夕方には。」


「えっ?」


「そんなに早く?」


「もう体は大丈夫なんですか?」


「問題ありません。」


澪華は短く答える。


「まだ完治ではありませんが、日常生活に支障はないそうです。」


そう説明するものの、その表情は晴れない。


「それと、どうして俺の家がわかったんですか?」


「蒼真から聞いたまでです。」


「あ、そうですか……。」


そう答えた後、榮は不思議そうに首を傾げた。


「えっと……どうしました?」


「なんか機嫌悪そうですけど。」


その言葉に、澪華は一瞬だけ視線を逸らす。


「……別に。」


そう言いながらも、その声はどこか棘があった。

榮は困ったように五葉を見る。

五葉も理由が分からないらしく、小さく肩をすくめる。


澪華は小さくため息をつき、榮へ視線を戻した。


「……少し。」


「話したいことがあるだけです。」


どうやら、その不機嫌そうな表情には、ちゃんとした理由があるらしい。

澪華はじっと二人を見つめる。


「まず、一つ目です。」


淡々とした口調で切り出す。


「なぜ、お二人が一緒にいるんですか。」


「……え?」


榮は思わず間の抜けた声を漏らした。


「あの日。」


「私が遠出していた日に、行動を共にしていたのなら理解できます。」


「ですが、それ以降もずっと一緒にいる。」


「しかも、先程一緒に出てきてましたよね。」


榮は一瞬言葉に詰まる。


「そ、それは……。」


横で五葉が静かに口を開いた。


「一人でいるのが怖かったからだよ、澪華。」


「あと、単純に榮のことが気になってたし。」


澪華は五葉を見つめる。


「理由は単純……まあ、いいです。」


半分納得したように頷くものの、その表情はまだ晴れない。


少しだけ間を置く。


「それが、一つ目の理由です。」


「じゃあ、もう一つは?」


その問いに、澪華は自分の腹へ静かに手で触れた。

見た感じだと、もう何も無いように見えるが――。


「……自分の身体です。」


その声は少しだけ小さかった。


「思うように動きません。」


榮も五葉も黙って聞く。


「先ほども言ったよう、医師には日常生活に支障はないと言われました。」


「ですが、以前と同じように動くのは難しいです。」


「力を入れると痛みますし、右目も以前より見えにくくなりました。」


あのとき、目の「異能」を無理に使った代償。

それは、澪華自身が誰よりも理解していた。


「苛立っています。」


「自分の身体に、そして自分自身にも。」


「もっと動けるはずなのに、思うように動かない。」


「助けたい時に、以前のようには助けられない。」


その声には、悔しさが滲んでいた。


榮は静かに澪華を見つめる。

五葉は静かに頷く。


「澪華。」


「今度は私たちも支える。」


「だから、一人で抱え込まないで。」


澪華はしばらく何も言わなかった。

やがて、小さく息を吐き、ほんの少しだけ口元を緩める。


「五葉、……ありがとうございます。」


その表情からは、先ほどまでの不機嫌さが少しだけ和らいでいた。



――澪華は小さく息をつくと、榮へ向かって軽く頭を下げた。


「それと。」


「今日まで五葉を見ていてくださり、ありがとうございました。」


榮は慌てて首を振る。


「いや、そんな大したことはしてないです。」


どちらかといえば、こちらの方が助けられたような……。


「それでも、お礼は言わせてください。」


「ありがとうございました。」


そう言うと、澪華は五葉へ向き直る。


「五葉。」


「帰りましょう。」


「退院もしましたし、これからはまた私の家で生活しましょう。」


すると。


「え、大丈夫。」


迷いのない一言だった。

その場の空気が、一瞬止まる。


「……え?」


澪華は思わず聞き返す。

榮も驚いたように五葉を見る。


「大丈夫って……。」


五葉は無表情のまま頷いた。


「うん。」


「まだここにいる。」


澪華は額に手を当て、小さくため息をつく。


「理由を聞いても?」


五葉は少しだけ考える素振りを見せると、あっさり答えた。


「この家、気に入ったから。」


「……。」


一瞬、沈黙が流れる。

榮は思わず苦笑いしてしまった。


「そ、そういう理由?」


五葉は真面目な顔で頷く。


「うん。」


「居心地いい。」


「おじいちゃんも、おばあちゃんも優しいし。」


「ご飯もすごーくおいしい。」


祖父母が聞いたら喜びそうな理由だった。

しかし五葉は、それだけでは終わらなかった。

榮の方へ視線を向ける。


「それに。」


「もう少し、榮といたい。」


その言葉はあまりにも自然だった。

照れる様子も、恥ずかしがる様子もない。

ただ、自分の気持ちをそのまま口にしただけだった。


「……。」


榮は一瞬言葉を失う。


「え、俺と?」


「うん。」


五葉は素直に認める。

澪華はしばらく考えた後、諦めたように肩を落とした。


「分かりました。」


「無理に連れて帰っても意味はありませんね。」


そして榮へ向き直る。


「榮さん。」


「もうしばらく、五葉をお願いします。」


榮は少し照れくさそうに笑った。


「もちろん。」


「俺でよければ。」


五葉はその返事を聞くと、小さく満足そうに頷く。


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