36話 玄関前のお客さん
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みたとの話が終わった榮は、神社を出て家に帰った。そして、その翌朝、家の前に立っていた人物とは――。
榮は、今聞いた話を整理しようとするものの、頭の中は混乱したままだった。
神国、かみしろ。
そして、自分自身に繋がるかもしれない謎。
どれも現実とは思えない話ばかりである。
そんな榮の様子を見て、みたはくすりと小さく笑う。
「一度に聞けば、混乱するのも無理はないの。」
「……はい。」
「正直、まだ信じられないことばかりです。」
「じゃろうな。」
みたは障子の方へ視線を向ける。
その時、外の様子を見て「あら」と小さく声を漏らした。
「もう、こんな時間か。」
榮も障子越しに外を見る。
庭を照らしていた夕焼けはすっかり消え、夜の静寂がこの不思議な空間を包んでいる。
みたは立ち上がると、榮へ柔らかく微笑みかけた。
「今日は長い時間付き合わせてしもうたの。」
「ありがとう。」
榮も立ち上がり、軽く頭を下げる。
「いえ……。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「まだ分からないことだらけですけど……。」
「今日、みたさんに会えてよかったです。」
みたは狐耳をぴくりと揺らし、嬉しそうに目を細めた。
「そう言ってもらえると、わしも嬉しいの。」
「続きは、また今度じゃ。」
「焦る必要はない。」
「真実というものは、急いで知るほど良いものでもないからの。」
榮は静かに頷いた。
「はい。」
――みたは御神木へと続く出口へ歩き出す。
「さあ。」
「現の世界へ戻るとしようかの。」
榮は最後にもう一度だけ、この静かな住まいを振り返った。
昔ながらの日本家屋、美しく手入れされた庭園。
そして、神秘的な空気に満ちたこの場所。
今日見た光景は、一生忘れることはないだろう。
――二人は光の門をくぐり、再び伏見稲荷大社の境内へ戻ってくる。
夜の境内は昼間とはまるで違う静けさに包まれていた。
鳥居の向こうには京都の街の灯りが淡く輝いている。
みたは榮へ軽く手を振った。
「ではの、かみし……いや、榮といったか。」
「また近いうちに会うことになりそうじゃ。」
その言葉に、榮は少し驚きながらも笑みを浮かべる。
「……はい。」
「その時は、よろしくお願いします。」
みたは満足そうに頷くと、夜風に揺れる狐耳とともに静かに微笑んだ。
――家に帰る道中。
頭の中では、みたから聞かされた言葉が何度も繰り返されていた。
考えれば考えるほど、答えは見つからない。
榮は小さく息を吐き、家路につく。
玄関の扉を開けると、リビングから慌ただしい足音が聞こえた。
「榮!」
祖母が心配そうな表情で駆け寄ってくる。
「もう、こんな時間まで何をしていたの。」
「電話くらいしてくれないと、私とおじいちゃんと五葉ちゃん、三人で心配してたんだから。」
「ごめん。」
「ちょっと用事が長引いちゃって。」
祖母はほっと胸をなで下ろす。
「とにかく、ご飯は残してあるから食べなさい。」
「冷めちゃったけどね。」
「ありがとう。」
榮は祖母を安心させるように笑顔を作った。
ご飯を食べ、風呂も入り、部屋に戻ったとき、五葉がタイミングよくドアを開けた。
「あ、榮、おかえり。」
「うん、ただいま。」
「稲荷様とは何を話したの?」
榮は少し考え込む。
みたとの約束を思い返す。
――話してはいけないとは言われていない。
それに、五葉には隠したくない……。
かみしろという存在、神国のことをできるだけそのまま伝えた。
「うーん、まだわからないことだらけだけど。」
「これから、いろいろ考えてこう。」
ベッドへ横になると、今日一日の出来事が走馬灯のようによみがえる。
自分の知らない世界は、思っていたよりもずっと広かった。
榮は静かに目を閉じる。
新たな謎を胸に抱えたまま、その夜はゆっくりと更けていった。
――翌朝。
窓から差し込む朝日が、榮の部屋を優しく照らしていた。
昨日の疲れもあってか、榮は布団の中でぐっすりと眠っている。
「……榮。」
返事はない。
「榮。」
少しだけ声が大きくなる。それでも反応はない。
「……むっ。」
榮の隣で起きていた五葉は、小さくため息をつくと、榮の肩を軽く叩いた。
ぺしっ。
「ん……。」
榮は寝返りを打つだけ。
五葉はもう一度、今度は少し強めに肩を叩く。
「榮、起きて。」
ぺしっ、ぺしっ。
「……ぁ?」
ようやく榮が薄く目を開ける。
ぼんやりとした視界の中で、最初に飛び込んできたのは、自分を覗き込む五葉の顔だった。
「……五葉?」
「おはよう。」
「おはよ……。」
まだ寝ぼけたまま返事をすると、五葉は少しだけ困ったように笑う。
「目、覚めた?」
「……たぶん。」
こんな朝早くに起こされる理由が思い浮かばない。
すると五葉は窓の外――正確には家の前の方へ視線を向けた。
「榮。」
「家の前に、人が来てる。」
「……え?」
榮は一瞬、祖父母の知り合いか何かだろうと思った。
しかし次の一言で、その眠気は完全に吹き飛ぶ。
「澪華が。」
「澪華が来てる。」
「……は?」
榮は思わず聞き返した。
「澪華さんって……。」
「病院にいたはずじゃ……。」
五葉は静かに頷く。
「私も最初は見間違いかと思った。」
「でも、間違いない。」
「玄関の前で待ってる。」
榮は慌ててベッドから飛び起き、カーテンの隙間から外を覗いた。
家の門の前。
そこには見覚えのある女性が静かに立っていた。
黒髪を朝風になびかせながら、こちらの家を見上げている。
間違いなく、澪華だった。
「……本当に、澪華さんだ。」
榮は驚きを隠せない。
「行こう。」
「ああ。」
二人は急いで部屋を飛び出した。
リビングでは朝食の準備をしていた祖母が驚いたように振り返る。
「榮? そんなに慌ててどうしたの?」
「ごめん、お客さん!」
それだけ言い残し、榮は玄関へ向かった。




