30話 話の混沌
30話をお読みいただきありがとうございます!
ここまでで、登場人物の名前の読み方が分からないと思った方もいるかもしれないので、載せておきます。
主人公 神代榮 少女 五葉
黒髪の女性 澪華 榮の先輩の青年 青石蒼真
――三人とも考え込んだまま、誰も口を開かない。
榮は腕を組み、小さく息を吐く。
「……考えても、全然分からない。俺、本当にあの人とは初対面だったんで……。」
五葉も静かに頷き、
「私も。」
「会ったこともないし、名前も昨日初めて知ったし。」
蒼真は顎に手を当てたまま、しばらく考え込んでいる。
「そうだな……今ここで考えていても、答えは出ないかもしれない……な。」
「……そうですね。」
蒼真は続けた。
「ただ、一つだけ確認できる方法はある。」
「昨日の件は、警察も関わっている。少なくとも、現場には警察官が来ていたんだろう?」
「はい……。」
「俺たちも事情を聞かれました。澪華さんも、そのまま病院へ運ばれて……。」
「なら、警察にも何か情報が残っている可能性はある。」
「目撃証言でも、防犯カメラでも。昨日の相手について、何か分かっていることがあるかもしれない。」
五葉が少し首を傾げて、
「でも……。異能のことは、警察には話してないよ?……あ。」
「ごめん、なんでもない……。」
異能という言葉が病室に響いた瞬間。
「……異能。」
蒼真が小さくその言葉を繰り返す。しかしその先の言葉が続かなく、表情が固まっている。
「……。」
病室に短い沈黙が流れる。榮は思わず蒼真を見つめて、
――今。
異能という言葉を、自然に口にした。
俺は、異能という存在を知ってまだ日が浅い。自分にとっては、つい最近まで都市伝説のような話。だからこそ、その言葉に戸惑いもなく反応した蒼真の様子が、少し意外だと――。
「……蒼真さん。」
蒼真ははっとしたように榮へ視線を向ける。
「あっ……。」
一度だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。
「ごめんごめん、少し考え事をしてた。」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる。榮はその様子を見つめながら、小さな違和感を覚えたのであった。
(蒼真さん……。)
(もしかして、この人も異能のことを知ってるのか……?)
そんな考えが頭をよぎる。
――三人の会話が終わり、蒼真は警察へ連絡を。昨日の騒ぎを担当した警察署へ事情を説明し、現場にいた若い女性について、何か分かったことはないか尋ねる。
しかし返ってきた答えは期待したものではなく――。
『我々も直接本人を見たわけではないので、素性を特定することは難しいですが……。』
『いえ……新しい情報が入り次第、ご連絡します。』
それだけ。電話を切った蒼真は、小さく息を吐く。
「やっぱり、すぐには分からないか。」
「そ、そう簡単にはいきませんよね。」
「でも、聞いておいて損はない。何か分かれば、すぐに連絡をもらえることになったからね。」
三人は顔を見合わせ、小さく頷ずき合う。
今できることは、それくらいしかない――。
――毒のことなど、しばらく雑談を交わしたあと榮は立ち上がる。
「じゃあ……、俺たちはそろそろ帰ります。」
「うん。また澪華の様子は連絡していくよ。」
榮と五葉は病室を後にした。しかし、廊下へ出たところで──。
「五葉ちゃん。」
後ろから蒼真の声。二人が振り返る。蒼真は榮ではなく五葉を見ていて、
「少しだけ、君と話せるかな。」
五葉は一瞬榮を見たが、榮も不思議そうな表情を浮かべている。
「俺は……?」
「悪いけど、少しだけ。ごめん、すぐ終わるから。」
榮は少し首を傾げながらも頷く。
「分かりました。じゃあ、下のロビーで待ってる。」
そう言い、榮はエレベーターの方へ歩いていった。その姿が見えなくなるのを確認してから、蒼真は五葉へ向き直った――。
「……五葉ちゃん。一つだけ聞いてもいいかな。」
「何?」
蒼真は少し間を置いてから口を開く。
「さっき、榮から話を聞いていて思ったんだ。澪華が毒で動けなくなったあと、実際にアスピラと交戦していたのは君だった……。」
「普通の人なら、あの状況であそこまで冷静には動けない。それに、榮の話では……君は『空気の弾のようなもので相手を吹き飛ばしているように見えた。』と言っていたが。」
蒼真は五葉の目を真っ直ぐ見つめ、
「薄々気付いていた……、雰囲気や聞いた話で……。」
「君も、澪華と同じなんじゃないかって。」
そして静かな声で五葉に尋ねた。
「君も――異能者、なんじゃないかな。」
五葉の瞳が、わずかに揺れ――。一瞬だけ息が詰まり、
「……!」
(まさか、見抜かれているとは思ってなかった……。でも……)
五葉は蒼真の表情をじっと見つめたが、穏やかな笑みは変わらない。が、その瞳だけは真剣である。
「……なら。」
一度言葉を区切り、静かに問い返す。
「あなたは?」
「私が異能者だって分かったってことは……。あなたも、異能のことを知ってるんだよね。」
五葉の視線は鋭く、蒼真は数秒何も答えなかった。
「……さあ、どうかな。」
肩をすくめるように笑い、それだけを返す。
……はぐらかされた。五葉はそう感じる。だが、その曖昧な返事がかえって一つの確信を与え、
(やっぱり……。この人、何か知ってる……。)
そして――。
「ただ、一つだけ言える。」
「君たちは昨日みたいな相手と、もう二度と関わらない方がいい。」
その言葉には、冗談や脅しではない重みがあった。五葉は何も答えず、蒼真もそれ以上は追及しなかった。
「ごめんね呼び止めて。聞きたかったのはそれだけなんだ。」
五葉はしばらく蒼真を見つめて、
「……分かった。」
そう答えて、榮の待つロビーへ向かって歩き始める。五葉の背中を見送りながら、蒼真は誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「……やっぱり、そうだったか。」
その表情からは笑みが消え、代わりに何かを思案するような静かな眼差しだけが残っていた――。




