29話 「昨日の事を聞かせてくれ」
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蒼真が知りたい、昨日の事――。そしてアスピラと名乗る女が、なぜ榮を狙っていたのか――。
また、いつも見てくださっている、小説を開いて1話でも見てくださっている方々には本当に感謝しています!
――榮は蒼真の後について、廊下の奥へ歩いていく。
蒼真は足を止め、窓の外を一度眺める。そして榮の方へ向き直った。
「急に呼び止めてすまない。」
「いえ、べつに。」
「それで……話って何ですか?」
蒼真は少しだけ表情を引き締める。先ほどまでの柔らかな笑みは消え、真剣な眼差しが榮へ向けられる。
「昨日の昼頃。……君たちに、何があった?」
「昼頃……?」
「そうだ。」
「澪華が病院へ運ばれてきたのは昨日の夕方。」
「彼女の様子を見る限り、それまでに何か大きな出来事があったはずだと思うんだが……。」
蒼真は榮の目を真っ直ぐ見つめて、
「警察からも話は聞いている。」
「『揉め事に巻き込まれた』っていう説明だったけど……正直、それだけじゃ説明がつかない。」
澪華の姿を思い出す。
全身に回った毒。片目への大きな負担。あれは、ただの喧嘩で負うようなものではない。
「もちろん、話せない事情があるなら無理には聞かないが……。」
「澪華をあんな状態にした相手がいるなら、俺も知っておきたい。」
榮は黙り込む。昨日の光景が脳裏によみがえる。
アスピラ。紫色や黒色に光った瞳。アスピラが殴り飛ばした瞬間、口から血を流して倒れた澪華。そして、五葉との戦い。
どこまで話すべきなのか――。
その様子を見ていた蒼真は、小さく息をつく。
「……やっぱり。」
蒼真は窓の外へ目を向けたまま、静かな声で続けた。
「話しづらい内容なんだな。」
榮は肯定も否定もせず、黙っていた。
「一つだけ聞かせてくれ。昨日、君たちが揉めてた相手。」
「……普通の人間の雰囲気じゃなかっただろ?」
「……!」
その一言に、榮の肩がわずかに震えていた。
蒼真は見逃さなかった。その反応だけで、何かを確信したように目を細める。
榮はしばらく黙っていたが、やがて――。
「どうして……そんなことを聞くんですか。」
「……昨日、澪華を診た先生も言っていた。彼女の傷は、普通の喧嘩や事故でできるようなものじゃないと。」
「それに、俺は澪華のことを昔から知ってる。彼女がそう簡単にやられるような人じゃないことも。」
その穏やかな表情こそは変わらないが、瞳には確かな真剣さが宿っていた。
「だから思ったんだ。」
「澪華があそこまで追い詰められる相手なら……。」
「きっと、普通の人間じゃない……とな。」
蒼真はさらに一歩、榮との距離を詰める。
「榮、俺は君を問い詰めたいわけじゃない。」
「ただ、本当に澪華を傷つけた相手がいるなら、そのことを知っておきたいだけだ。」
榮は蒼真の目を見つめる。その眼差しに嘘や探りを入れるような色はない。あるのは、澪華を案じているような気持ちだけ。
――そして榮は息を吐き、
「……分かりました。」
「全部は、俺にもまだ分かりません。でも……昨日あったことなら。」
榮は昨日の出来事を思い返しながら、淡々と話し始める。そして――
「いきなり、その人が澪華さんを殴ったんです。」
「澪華さんは受け身は取ってました。でも、そのあと急に苦しみ始めて……」
榮の表情が曇る。
「口から血を吐いて、その場に倒れました。」
蒼真は何も言わずに聞き続けている。
「そのあと五葉が応戦しました。でも相手は思ったより強くて……最後は五葉が俺と澪華さんを連れて逃げました。」
「……それくらいです。」
榮は話を終えたが、蒼真はしばらく考え込み、腕を組んで静かに目を閉じた。
「紫色の瞳、か……」
小さく呟き、顎へ手を添える。
「そうだな……この話は、君一人から聞くだけじゃ足りない気がする。」
「え?」
「五葉ちゃんも、あの場にいたんだよな。」
「はい……」
蒼真は静かに頷き返す。
「きっと五葉ちゃんにしか分からないこともあるはずだ。」
そして、柔らかな笑みを浮かべ、
「一度、五葉ちゃんも交えて三人で話をしないかな。」
「もちろん無理にとは言わないし、昨日のことを整理する意味でも、一緒に話した方がいいと思う。」
「……分かりました、五葉にも聞いてみます。」
それを聞き、蒼真は安心したように笑う。
「ありがとう。じゃあ、一度五葉ちゃんのところへ戻ろうか。
二人は並んで歩き出す。
――二人は病室へ戻った。
静かに扉を開けると、五葉は澪華のベッドの横に置かれた椅子へ座っていて、眠っている澪華の様子を見守るように、じっとその顔を見つめている。
ドアの音に気付き、五葉は振り返った。
「あ、おかえり。」
「ただいま。」
蒼真は五葉へ歩み寄ると、穏やかな表情で口を開く。
「ごめん、少しだけ三人で話をしてもいいかな。」
「私も?」
「うん。」
「昨日のことについて……。」
その一言で、五葉の表情が少しだけ引き締まった。
「……分かった。」
――蒼真は病室の隅に置かれていた丸椅子を一つ持ってくる。
三人は澪華を起こさないよう、小さく輪になるように腰を下ろす。蒼真は二人の顔を順番に見渡した。
「まずは、榮から昨日のことを聞かせてもらった。商店街で出会った相手のことや、その後の流れは大体分かった。」
「でも、一つだけ気になることがある。」
その視線は五葉へ向く。
「五葉ちゃん。昨日の相手、君はその人に見覚えはあった?」
五葉は少し考えるように視線を落とす。
「……ううん。私は初めて会った。」
蒼真はその答えを聞き、
「そうか。」
榮も五葉を見る。
「澪華さんも知らないって言ってたよな。」
「うん。」
「澪華も、私も知らない。でも……」
「私たちのことは知ってるようだった。」
病室の空気が少しだけ重くなる。蒼真は腕を組み考え込んだ。
「名前も知られていて、しかも榮を狙って近付いてきた……」
「偶然とは……思えないな。」
榮は昨日のことを思い返しながら言う。
「俺もそう思います。」
「最初から俺の名前を知ってました。でも、俺はあの人に会ったことなんてありません。」
蒼真はゆっくりと頷く。
「……つまり。」
「相手は君を知っていて、君は相手を知らない。そして澪華や五葉ちゃんも、その人物を知らないと。」
三人は自然と黙り込んだ。どれだけ考えても、その答えは見えてこない。
――アスピラは、なぜこちらを知っているのか。




