25話 事態の収束
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一方、その頃――。
三人は大通りの手前で足を止めていた。
目の前には数台のパトカーが停まっており、制服姿の警察官たちが周囲を慌ただしく動き回っている。
近所の住民たちも、不安そうな表情で遠巻きに様子を見つめていた。
榮は思わず息を整えながら振り返る。
しかし、さっきまで追ってきていたはずのアスピラの姿は見えない。
路地の奥は静まり返っていた。
「……来ない。」
榮が小さく呟く。
五葉も同じ方向を見つめたまま、眉をひそめた。
「……おかしい。」
彼女が、この程度で追跡を諦めるとは思えない。
空気弾で吹き飛ばしたとはいえ、致命傷には程遠い。
実際、立ち上がって追ってきていたと思える。
それなのに。
突然、気配が消えた。
榮も違和感を覚えていた。
「逃げ切れた……のか?」
その問いに、五葉は首を横へ振る。
「分からない。」
「でも……」
そこまで言いかけた五葉の視線が、隣へ向く。
澪華だった。
壁へ寄りかかるように立っていた澪華の顔色は、先ほどよりさらに悪くなっている。
呼吸も浅く、肩が小刻みに上下していた。
「澪華さん……。」
「大丈夫ですか。」
澪華は返事をしようと口を開く。
「私は……」
言葉の途中で咳き込み、
「ごほっ……!」
鮮血が口元からこぼれ落ちた。
榮の表情が青ざめる。
五葉もすぐに澪華の体を支えた。
手が触れた瞬間、その体温が異常なほど高いことに気付く。
「熱……。」
毒が全身へ回り、体が必死に抵抗している。
このままでは危険だった。
澪華は苦しそうに呼吸を繰り返しながら、小さく首を振る。
「……まだ、大丈夫です。」
その声には、まったく力がなかった。
「大丈夫じゃない。」
五葉が静かに言う。
その瞳には焦りが浮かんでいる。
「もう限界。」
澪華は何も返せない。
立っているだけで精一杯だった。
榮は二人を見比べる。
戦いは終わっていない、アスピラが本当に諦めた保証もない。
それでも今、一番優先しなければならないことは明らかだった。
「やっぱり病院に行こう。」
榮がはっきりと言う。
「このままじゃ、本当に危ない。」
その言葉に、五葉は少しだけ目を伏せた。
しかし、すぐには頷かなかった。
少し経ったあと、榮の言葉を聞き五葉は黙り込んだ。
もし澪華の容体を診た医師が異変に気付いたら。
毒の正体や、体の異常を不審に思われたら。
そんな考えが頭をよぎる。
「……。」
五葉は唇を噛んだ。
だが、隣で苦しそうに呼吸をする澪華を見る。
もう迷っている時間はない。このままでは、本当に手遅れになる。
五葉は静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……分かった、病院、行こう。」
その一言に、榮は少しだけ安堵した表情を浮かべる。
「すぐ行こう。」
そう言って澪華を支え直そうとした、その時だった。
「君たち!」
三人の方へ、一人の警察官が駆け寄ってきた。
まだ三十代ほどの男性警察官だった。
「大丈夫ですか?」
榮と五葉は同時に顔を上げる。
警察官は澪華の口元についた血を見て、表情を変えた。
「血が……!」
「何があったんです!」
周囲にいた別の警察官もこちらへ集まってくる。
あっという間に三人は数人の警察官に囲まれた。
榮は一瞬だけ五葉を見る。
五葉も困ったように視線を返した。事情を説明できるはずがない。
榮はとっさに口を開いた。
「ちょっと……揉め事に巻き込まれて。」
「知らない人に急に絡まれて……。」
警察官は真剣な表情で頷く。
「犯人は?」
「どっちへ逃げました?」
榮は言葉に詰まる。
「それは……。」
アスピラがどこへ行ったのか、自分たちにも分からない。
すると、澪華が小さく体を揺らした。
「……っ。」
そのまま膝から崩れ落ちそうになる。
「澪華!」
五葉が慌てて抱き支えた。
警察官たちの表情が一気に緊迫する。
「救急車を!」
「早く!」
一人の警察官が無線へ手を伸ばそうとした。
しかし、別の警察官が首を振る。
「近くに総合病院があります!」
「パトカーで搬送した方が早い!」
すぐに一台のパトカーが三人の前へ横付けされた。
警察官が後部座席のドアを開ける。
「詳しい話は後です!」
「まず病院へ向かいます!」
榮は五葉を見る。五葉は静かに頷いた。
もう断る理由はなかった。
今は澪華の命が最優先だった。
「……お願いします。」
榮がそう言うと、警察官は力強く頷く。
「任せてください!」
三人は警察官に支えられながらパトカーへ乗り込む。
ドアが閉まり、赤色灯が再び夜の街を照らした。
次の瞬間、パトカーはサイレンを鳴らしながら、最寄りの総合病院へ向けて勢いよく走り出した。
追記 20話でアスピラが澪華を殴ったとき、手の内側にとても細い針を忍ばせてました。(このとき、澪華はスーツだったので、普通に腹を殴るだけでは毒を与えることができなかったため、針を刺して毒を与えました)




