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特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第一章『日常裏の世界への入口』
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24話 殺戮者の好奇心

第24話をお読みいただきありがとうございます。

毎日朝7時か午後6時ごろに投稿しています。

――路地の奥。


崩れたブロック塀の瓦礫が、小さく音を立てて転がる瓦礫の山から一つの影がゆっくりと立ち上がった。

服のあちこちには土埃が付き、頬には浅い擦り傷も一本走っている。


五葉の空気弾は確かに腹部に直撃した。

その威力は決して軽いものではない。

普通の人間なら、立ち上がることすらできなかっただろう。

だが――。


「……いった。」


アスピラは首を軽く回す。

肩を一度動かし、腕を握ったり開いたりして感覚を確かめる。


「思ったより痛い。」


その口調は落ち着いていた。

息一つ乱れていない、体勢も崩れていない。

そしてゆっくりと前を見据える。


その先には、逃げていった三人の姿。

そして、その中でも。

アスピラの視線は、ただ一人だけを捉えていた。


――五葉。


さっきまで浮かべていた、あの気だるそうな笑みはどこにもない。

口元は真っ直ぐ結ばれ、紫色の瞳だけが静かに細められていた。

その瞳には、先ほどまでの興味や好奇心は残っていない。


あるのは、ただ冷たい視線だけだった。


「……ふーん。」


小さく呟く。


「そういうこと。」


アスピラはゆっくりと歩き始める。


一歩。また一歩。


足音だけが、路地裏へ響く。

その姿に、先ほどまでの軽薄さは微塵もなかった。

代わりに漂っていたのは――。

肌が粟立つほど濃密な殺気。


空気そのものが重くなったような圧迫感。

近くの電柱に止まっていた鳥が、一斉に飛び立つ。

野良猫が毛を逆立て、暗闇へ逃げ込んでいく。


アスピラは何もしていない。

それでも周囲の生き物は、本能で危険を察知していた。


「……五葉、か。」


初めて、その名前を静かに口にする。

低く抑えられた声には感情がなかった。


「さっきので分かった。」


紫色の瞳が、真っ直ぐ五葉を射抜く。


「生かしておくと、面倒になる。」


ほんの一瞬だけ。

アスピラの口元がわずかに動く。


それは笑みではない。

獲物を見定めた捕食者の、静かな表情だった。


「……ここで仕留める。」


その一言と同時に、周囲の空気が張り詰める。

先ほどまでの"遊び"は、もう終わっていた。


今、この場にいるのは。

興味本位でもない。

目の前の敵を排除するためだけに意識を研ぎ澄ませた、一人の異(・)能(・)者(・)。


アスピラはゆっくりと拳を握る。

指先へ付着していた砂埃が、ぱらりと地面へ落ちた。

紫色の瞳は、遠くに見える三人だけを見据えている。


もう榮にも興味はない。澪華をいたぶることも。

からかうことも。

そんなものは、どうでもよい。

頭の中にあるのは、一つだけ。


――五葉を殺す。


あの少女は危険だ。

今ここで始末しなければ、必ず障害になる。


アスピラは静かに息を吸う。

次の瞬間には地面を蹴り、一気に距離を詰めるつもりだった。

毒で動けない澪華。戦えない榮。

そしてまともに力を制御できない五葉。


まず五葉を潰し、そのあと二人を処理する。

順番は、それだけでいい。

そう考えた、その時だった。


――『アスピラ。』


突然。頭の中へ、低い男の声が直接響いた。

アスピラの眉がぴくりと動く。


(……あ?)


足が止まる。

声は続く。


――『聞こえているな。』


(聞こえてるけど。何?)


先ほどまでの殺気とは打って変わり、面倒そうに心の中で返す。

しかし、相手は淡々と告げた。


――『任務内容を変更する。』


アスピラは小さく眉をひそめた。


(……変更?)


――『これ以上の交戦を禁ずる。』


一瞬、沈黙が流れる。

アスピラの表情が僅かに険しくなった。


 (……はぁ?)


思わず心の中で声を荒げる。


(もう少しで終わるんだけど。)


(今なら殺れる。)


だが、男の声は感情一つ交えない。


――『命令だ。』

――『直ちに撤収しろ。』


アスピラは奥歯を噛み締める。

目の前には、ようやく見つけた強敵がいる。

あれほど退屈だった毎日で、初めて心が動いた相手。

それなのに。


(……最悪。)


心の中で毒づく。紫色の瞳は、なおも五葉のいる方向を睨み続けていた。

数秒間、その場から動かない。

やがて長く息を吐く。


「……はいはい分かったよ。」


小さく呟く。

その声には、露骨な不満が滲んでいた。

アスピラは最後にもう一度だけ、三人が逃げていった方向へ視線を向ける。

紫色の瞳には、先ほどまでと変わらない冷たい殺意が宿っている。


「……次はないから。」


低く呟くと、アスピラは踵を返した。

路地の奥の横道へ、その姿はゆっくりと溶け込んでいった。


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