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特異社会の『傍観者』として  作者: はるぱる
第一章『日常裏の世界への入口』
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23話 三人の焦り

第23話をお読みいただきありがとうございます!


アスピラは砕けた地面へ視線を落とし、小さく息を吐いた。


「……危ない。」


軽口を叩きながらも、その表情から笑みは消えている。


五葉は何も答えない。

澪華の呼吸は荒く、毒は確実に全身へ回り続けていた。

このまま長引けば、助かる保証はない。


(時間をかけられない。)


五葉は一瞬だけ澪華を見た。

澪華も、その視線だけで五葉の考えを理解する。


――ここで倒す必要はない。


――榮と澪華を連れて逃げる。


それが今、最優先だった。

アスピラも二人の視線のやり取りを見ていた。


「……また逃げる気?」


その言葉が終わるより早く。

五葉が静かに右手を持ち上げた。

掌がアスピラへ向く。


「……。」


何かを察したアスピラの表情が変わる。


「っ――」


その瞬間だった。


ゴォンッ!!


路地の空気が一気に押し出された。

爆発ではない。

目には見えない圧縮された空気が一直線にアスピラへ叩きつけられる。


「っ!」


避けようと体をひねる。

だが間に合わない。

鈍い衝撃が全身を襲い、体が大きく浮き上がる。


「……っ!」


アスピラの体は路地を一直線に吹き飛び、数十メートル先の壁へ激突した。

鈍い音が周囲へ響く。

崩れ落ちた看板がガシャンと音を立てた。


「今!」


五葉が振り返る。

返事を待つ時間はない。

榮の手首を掴み、そのまま力強く引いた。


「えっ――」


「走って!」


同時に、反対の手で澪華の腕を肩へ回す。

澪華は苦しそうに顔をしかめる。


「……すみません。」


「喋らないで。」


五葉は短く言う。

そのまま二人を引っ張り、路地を駆け出した。

榮も状況を理解し、必死についていく。


「澪華さん、大丈夫ですか!」


「……平気、です。」


その返事とは裏腹に、澪華の唇から新たな血がこぼれ落ちる。

足取りも明らかに重い。

毒は確実に体を蝕んでいた。


五葉は歯を食いしばる。


(お願いだから……。)


(もう少しだけ。)


三人は角を曲がり、さらに細い路地へ飛び込む。

背後からはまだ何の物音もしない。

だが五葉は一度も振り返らなかった。

彼女があの程度で終わる相手ではないと、誰よりも分かっていたからだ。


三人は息を切らしながら路地を駆け抜ける。

五葉は澪華を支え、もう片方の手で榮の腕を引いていた。


「はぁ……っ、はぁ……」


榮も必死についていく。

頭の中は混乱したままだ。


異能、毒、澪華の目、そしてアスピラ。


後ろを振り返る余裕もない。

ただ五葉の後を追うことしかできなかった。


澪華の呼吸はさらに浅くなっていく。


「……っ。」


口元を押さえた指の隙間から、また赤い血が滴り落ちた。


「澪華さん!」


榮が声を上げる。


「私は……まだ……」


立ち止まろうとする澪華を、五葉は首を横に振って制した。


「あと少しだから。」


その言葉を信じるように、澪華は再び足を動かした。



――三人は住宅街を抜け、大通りへ飛び出す。


すると、その先には――

赤色灯が午後の住宅街を照らしていた。

道路脇には数台のパトカーが停まり、制服姿の警察官たちが慌ただしく周囲を見回している。


「え……。」


榮は思わず足を止める。


「警察……?」


さっきまで誰もいなかったはずなのに。

こんな短時間で、これだけの警察官が集まっている。

五葉も思わず表情を曇らせた。


「……もう来てる。」


澪華は薄く目を開け、その光景を見つめる。


「騒ぎを……聞きつけたのでしょう……。」


先ほど路地で起きた戦い、コンクリートが砕ける音や衝撃は、近隣住民が通報していても不思議ではなかった。


榮は警察官たちを見る。助けを求めるべきなのか。

その考えが一瞬頭をよぎる。


しかし――。


「だめ。」


五葉が即座に言った。


「警察は巻き込めない。」


「普通の人じゃ、どうにもできない。」


その声には迷いがなかった。

この争いに、一般人である警察が介入すれば、被害が広がるだけだ。


五葉は周囲を素早く見渡す。

警察官たちは、まだこちらには気付いていない。

全員が先ほどの騒ぎがあった方向を警戒している。


その時だった。

遠くの路地の奥から、何かが崩れるような鈍い音が響く。


ドォン……。


五葉の表情が険しくなる。


「まずい……もう起きた。」


榮も息をのむ。あの音の意味は、一つしかなかった。

アスピラが、立ち上がったのだ。


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