22話 五葉の弱み
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追い詰められてしまった五葉の動きとは――
「なんで……」
あれだけ距離を取ったはず……だった。なのに、もうすでに追いつかれている。
「私から逃げられると思ったの?」
アスピラのその声には『余裕』しかなかった。
急な攻撃が来ることを想定したような素振りを見せ、すかさず、五葉は澪華と榮を自分の後ろへ下がらせる。
「榮も下がって」
「え……」
「早く!」
普段とは違う強い口調に、榮は驚き、反射的に数歩下がる。
(五葉………)
五葉だけが前へ出たとき、小さな背中、されども榮には二人を守る大きな壁のように見えた。
アスピラはそんな五葉を見て、クスリと笑う。
「へぇ。今度は本気でやる気なの?」
「………」
挑発的な態度で問いかけられるも、五葉は何も応じず、ただ淡く光る黄色の瞳だけを、アスピラに対して真っ直ぐ向けていた。
そして――
空気が変わり、路地裏の静寂が一瞬で張り詰めたものへと変わっていくのを、榮は肌で感じた。
アスピラもその変化を感じ取ったのか、口元の笑みを少しだけ深くした。
「その目。さっきは邪魔が入ったから見れなかったけど……やっぱり面白そう」
五葉の足が一歩だけ前へ出て、いかにも戦闘態勢と言える状態に入った。
(なんだ……この空気……)
二人はまだ何もしていない。それなのに、まるで嵐の直前のような圧迫感が周囲を支配しているようだ。
そして榮の背後、今も痛みに苦しめられている澪華が、苦しそうに壁へ手をつきながら小さく首を振る。
「五葉……」
毒に侵されているせいか、その声はか細く弱々しいものであった。
「……だめです。挑発に……乗っては……」
五葉はチラッと一瞬だけ澪華を見る。だが、その視線はすぐにアスピラへ戻った。
そんなアスピラは退屈そうに指を鳴らし、
「別に挑発してるわけじゃないよ。たださ、本気出したらどれくらい強いのかなって」
アスピラの黒の瞳が、妖しく光沢を帯び、
「見てみたいだけ」
この女は澪華を狙っているだけではなく、五葉とも戦うつもりだ。自分もこの状況をなんとかしたい、と思っているのは事実だが、動いたとこで却って足手まといになるだけ。
緊迫感が溢れた状況に、榮は肌が粟立ち、息を殺す。理由も分からないまま、その場に尻もちを着いたまま動かずにいた。
アスピラも反射的に全身へ力を入れているようで、
「本当に、本気でやるの?」
さっきまでの威勢の良かった余裕が、ほんのわずかに消えて、黒の瞳がさらに細くなる。
「……面白いじゃん」
口元では笑っているが、その笑みとは裏腹に、アスピラは一切油断していないような……。
榮の前に堂々と立つ『この少女だけ』は。絶対に侮ってはいけない、絶対に怒らせてはいけない者。そんな警鐘が、榮の心の奥底でも鳴り続けていた。
――誰も動かない。
榮は二人を交互に見つめる。五葉は微動だにせずアスピラを見据え続けており、アスピラもまた、その視線を真っ向から受け止めている。
路地に吹き込んだ風が、二人の髪をわずかに揺らし、緊迫感を少しだけ途切れさせた。
そこでアスピラは「ふぅ」と息をこぼし、
「……やっぱり。さっきから思ってたけど。あなた、強いね」
五葉は絶えず何も答えない。そんな五葉に、アスピラは吹っ切れたように言葉をぶつけた。
「でもさ。それって今のあなたにできる?」
その一言で、榮は五葉の肩がほんの僅かに揺れたことに気付く。アスピラもまた、その反応に気づいたようでいる。
「そこの女とそいつも守って、その上で私を相手にする。結構きつくない?」
◇◇
私は一人なら迷わない、全力を出せる。けど今は違う。
毒に侵された澪華はまともに動けない。榮は戦えない一般人。二人を守りながら戦えば、私の動きは大きく制限される。それをこいつは最初から理解していたの……?
「だから最初にその女を潰したの。頭が回りそうなやつを減らすのって基本でしょ?」
次々と焚きつけるような言葉を浴びせてくるアスピラに対して、今にも弾け出そうな怒りを、グッと全力で堪えている。
「アスピラっ……!」
唐突に、背後で榮が小さく叫んだ。その声は、若干の怯えこそ混じっていたが、私と同じ怒りが宿っているのだと瞬時に察した。
「黙ってて、今は大人しくしてるのが一番。じゃないと殺っちゃうよ?」
◇◇
アスピラがそう告げた直後、
「……ん?」
五葉の姿がふっと消えたように見え、アスピラが五葉を見失ったその刹那――
ドゴン!!
鈍い衝撃音が路地に響いた。
五葉が瞬時に姿を消し、地面――アスピラが立っていた場所のコンクリートを大きく砕き、破壊したのだ。
コンクリートは三メートルほどのクレーターになり、周囲にはその小さな破片が飛散している。
そして――
五葉は確かにコンクリートを砕いたが、しかし、そこにアスピラの姿は見当たらなかった。
だが、「……危な」と路地の少し奥から聞こえたことから、アスピラは反射的に避けたのだと推測。
少し奥で、アスピラは額を伝う汗を指先で拭っていた。
「やっぱり。ミスじゃなかったら、ただではすまなかったな……」
声には、先ほどまでの『余裕』はもうほとんど残っていなさそうである。




