21話 危機的状況
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――路地裏に響く、澪華のかすれた低い声。
アスピラは三人のやり取りを眺めながら、退屈そうに肩を竦めた。
「相談終わった?だったら次、いくよ。」
そう言って、一歩前へ踏み出す。
その瞬間――、澪華は震える指先で、ゆっくりと右目を覆っていた前髪を払っう。
「毒でかなり、威力は下がってますが……」
「……これしかありません。」
その静かな一言に、五葉の表情が険しくなる。
「澪華……」
澪華は答えない。右手が、ゆっくりと顔から離れる。閉じられていた右目が、静かに開いた……
「やめて!今、その目を使ったら――!」
五葉が叫ぶ。が、制止の声は届かない。五葉が叫ぶ中、澪華はアスピラだけを見つめる。呼吸は乱れ、視界も霞み始めていたが、それでもその瞳だけは決して揺るがない。
(ここで止めなければ五葉も……榮さんも危険です)
――次の瞬間。
澪華の右目が、淡く白銀色に輝く。
(……あの目)
以前、路地裏で見た時とは違う。その目の光だけで肌が粟立つような圧迫感。
アスピラは、澪華が自分に向けて何か攻撃してくることを先読みし、
「……っ!」
(ん。あれは受けちゃダメ……そう。)
理屈ではなく、生物としての本能が全力で警鐘を鳴らした。
「ちっ……」
アスピラは迷わず、踏み込もうとしていた足を止め、その場から後方へ飛びのく。
バキッ――と、
乾いたコンクリートの破砕音が路地裏に響き、アスピラが立っていた場所の地面が、一瞬で白く砕け散っていく。
見えない巨大な力で押し潰されたように、コンクリートは粉々になり、細かな破片が宙へ舞う。
「……ハァ……ハァ。」
澪華は再び荒い呼吸を繰り返す。右目から、一筋の赤い雫の血涙が流れ落ち、視界は急激に暗くなっていく。毒が全身を蝕み、そのうえ異能まで使った反動が一気に押し寄せる。
「五葉……今です。」
その言葉だけで十分で、五葉はすぐに意味を理解した。今なら、アスピラの視線は澪華へ向いていて榮から目が離れている。
「榮!」
五葉は榮の腕を強く掴む。
「逃げるよ!」
「えっ……!?」
状況を理解する暇もなく、五葉は澪華を支えながら榮を引っ張って逃げる。三人は路地の反対側へ向かって、一気に駆け出す。
アスピラは砕けた地面を見つめたまま、
「……危な。」
「でもあれを真正面から受けるほど馬鹿じゃないけど……」
と言う割に、じんわりと冷や汗が浮かぶ。そして顔を上げた時――もう三人の姿は、路地の向こうへ消えていたのだった。
――三人の足音だけが、夕暮れの住宅街へ響いている。
「はぁ……っ、はぁ……!」
榮は必死に走る。何が起きているのか理解できないまま、とにかく五葉に引っ張られるように前へ進んでいた。隣では、五葉が澪華の身体を支えている。しかし、その足取りは明らかに重い。
「澪華……。」
五葉が声を掛ける。返事はなく、澪華は苦しそうに呼吸を繰り返し、口元からは細く血が流れ続け、右目もゆっくりと閉じられていく。
「っ……さっきの毒か……!」
その姿を見た榮の胸が締め付けられる。五葉は短く頷き、
「うん……皮膚から直接体内へ入る毒だと思う。血液に乗って、全身へ回る――。」
このままだと、澪華の命が……
「そんなもの……すぐに病院に!」
叫ぶように言ったが、五葉は首をスッと横へ振る。
「無理、普通の病院じゃ治せない。」
「え……?」
榮はその言葉に驚く。五葉は澪華を支えながら続けて言う。
「異能で作られた毒だから、普通のお医者さんには分からないはず。それと解毒剤もない……と思う。」
榮の表情が段々青ざめていく。
「ならどうすればいいんだ……」
五葉は唇を強く噛み、その答えを自分も探している。
二人が走りながら話し合う中、澪華は小さく目を開く。霞む視界の中で、榮の背中が見える。
(……止まらないと)
(あの人が……追ってきます。)
声を出そうとしても、血が込み上げる。
「……かっ。」
ごほっ、と赤い血が地面へ落ちた。
「澪華!」
「しゃべっちゃだめ!」
「……まだ。まだ……来ます。」
(まだ来る……?)
――遠く離れた路地の奥。そこには、建物から漏れ出た夕日に照らされながらゆっくり歩いてくる一つの人影――気怠そうな足取り、まるで散歩でもしているかのような余裕のアスピラ。
「逃げるの速いね。」
その声は遠いはずなのに、不思議とはっきり耳へ届く。
「でもさ……まだ終わってないんだけど?」
紫色の瞳が、再び細く光った。
――ゾクッ、とした冷たいものの感覚が、榮の背筋を走る。
(……追ってきた。あいつ、本気で俺達を逃がす気がないのか……)




