19話 挑発
19話をお読みいただきありがとうございます! 五葉の視点が中心です。
それと、投稿時間が色々変わってすみません。
◇◇
五葉は榮の首に残る、誰かに締められたような赤い痕を見た。その瞬間、胸の奥で何かがプツンと切れる音が――。
「………おい」
喉から、低く押し殺した声が漏れる。離れた位置にいた榮も、ふと、その変化に気付いていた。
「五葉、待て――!」
しかし、制止しようとした榮の言葉は間に合わない。
五葉の足が地面を蹴り、あと数メートルというところまで距離を詰め、その小さな拳を振り抜こうとする。
「榮からどいて」
今の五葉には、『純粋な怒り』だけが宿っていた。
自分を助けてくれた、受け入れてくれた、信じてくれた――そんな優しい人を目の前でいたぶられていたのだ。当然、怒らないわけがない。
だが、その拳が届く寸前――
「五葉」と、冷静沈着な声が後ろから響いた。澪華は今にも飛び出しそうな五葉の肩へそっと手を置き、勢いを止める。
「……落ち着いてください、五葉」
「でも……! 榮が!」
「見れば分かります」
一度後ろに振り返ると、澪華は榮の赤い首元へ、そっと視線を向けていた。
赤く残る締められた痕。なにがどういう経緯でこうなったのか、と考えながら見据えているようだが、それでも澪華の表情は変わらずにいる。
「五葉、冷静になってください。ここには一般人がいます」
澪華の一言でハッとさせられ我に返り、五葉は周囲を見渡した。
野次馬たちが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。ましてや、スマートフォンを向けて撮影する者までいた。
それと――
ここで感情的になって動けば、視野が狭くなり、周囲にいる人を関係なく巻き込んでしまう。『異能』も使えば、それこそ一大事だ。
(今は諦めるしか……)
五葉は唇を噛み締めながら、無気力に拳を下ろした。
「……ごめん、澪華」
「いいえ。私も、五葉の気持ちが分からなくもないです」
やがてアスピラは、侮るような表情で澪華を見下す。
「へぇ。ちゃんとブレーキ役もいるんだぁ」
その憎たらしい口調に、五葉の眉がピクッと動く。
「………」
本当ならば、すぐにでも殴り倒して榮を助けたい。が……
「あーあ。人、多すぎ。こんなとこじゃ、ゆっくり話もできないじゃん」
アスピラは周囲をぐるりと見回し、大きくため息をついてから、再び澪華の方へと目をやる。
「場所、変えない? すぐ近くに人気のない路地あるし、そこで話そうよ」
◇◇
「……話だと?」
アスピラのすぐ横後ろ。話を聞いていた榮は、突然の誘いに厳重警戒しながら聞き返す。
「そうだよ。君たちに聞きたいこともあるし、私のことも少しくらい話してあげる。その方が、お互い都合いいでしょ?」
踵を返し、金髪をなびかせながら、
「私は、逃げるつもりはないからさ。来るなら来れば?」
それだけ言い残し、人気のない細い路地へ向かって歩き始めたアスピラ。その背中を見つめたが、「絶対裏がある」という嫌な予感しかしない。
澪華はアスピラの歩き進んでいくのを見ながら、途中で決意の声を上げた。
「……行きます」
そこには一切の迷いは感じられない。
「本当に行くのか?」
「はい。ここで拒んだとしても、彼女はまた接触してくると思いますし……人のいない場所で話をつけた方が、事を早く済ませられるので」
「うーん。でも、あいつがまともに話すとは思えない」
「私もそうだとは思います」
榮の推測を、澪華はあっさりと認めた。
澪華が言っていた『また接触してくる』という言葉は、なんとなくだが本当な気がする。アスピラという、ああいう女の性格なら、いかにもやりそうな行動だ。
五葉もアスピラの背中を睨みつけながらも「はぁ……」と息を吐いて、
「……嫌な予感しかしない。でも、このままあいつを放って置くのももっと嫌」
「そうですね、警戒は最大限に。彼女が何を企んでいるのかは分かりませんが、少しでも異変を感じたら、すぐに動いてください」
「うん」
五葉と澪華が、お互い真剣に向き合っている中、榮は呆然としているまま。
「……俺だけ、話についていけてないんだけど」
状況に困惑中の榮に、五葉は念押しして答える。
「榮は、無理に前へ出なくていい。私たちの後ろにいて」
「え?」
「お願いだから」
いつになく真剣な声。「分かった……」と、少し戸惑いながらも頷いた。
◇
――そうして四人は黙々と歩き始める。
先頭を歩くアスピラ。その数歩後ろに澪華。さらにその後ろへ五葉が並び、その隣にいるのが榮であった。
先程の商店街の喧騒は、少しずつ遠ざかっていく。
やがてだだっ広い路地へ入ると、人の気配はほとんどなくなった。建物に囲まれた薄暗い空間。吹き抜ける風だけが、ヒュ―と小さく音を立てている。
突然――
アスピラは足を止めて顔を横に向け、獲物を見つめるような黒目が、三人を順番に見つめる。
ニヤッとした口元には、さっきまでと変わらない薄い笑みが浮かんでいた。
しかし、その笑みの奥に何かを隠していることを、澪華だけは見逃さなかったのだ。
(これは……来ます……!)
澪華は無意識に重心を落とし、いつでも動けるよう静かに構える。
一方、アスピラは肩の力を抜いたまま、まるで世間話でも始めるかのように口を開いた。
「じゃあ――。改めて、お話ししよっかぁ」
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