17話 「君は知ってる?」
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――店内にベルの音が静かに響く。
澪華と榮。二人の視線が、店内で真っ直ぐに重なった。
「…………」
ほんの数秒、互いに言葉はない。
(また、この人だ……)
数日前、この店で一度会った女性。そして今朝、五葉を送り届けた家で再会したばかり。まさか、またここでも会うとは……。
その一方、澪華も榮を静寂と見つめていた。
偶然だとしても、あまりにも続きすぎている気がするが、彼女は一切動揺を見せずにいる。
「あ……」と、少しだけ慌てたように榮は姿勢を正す。
「こ、こんにちは」
どこかぎこちない挨拶になってしまった。なにせ、澪華とはまだまともに話したことがない。
何を話せばいいのか分からず、思わず声が上擦ずってしまう。
そんな挨拶に関わらず、澪華は小さく一礼し、
「……こんにちは」
落ち着いた、静かで低い声。その声に、榮は少しだけ安心したように息をつく。
「その……えっと……」
しかしだめだ、言葉が続かない。今朝は少し話したとはいえ、それは五葉がいたからだ。
いざ、二人きりで向き合うと、やっぱり話すことがなにもない。
少し慌てている榮の様子を見て、澪華は口元を緩めた。
「買い物ですか?」
「え、あ……はい」
榮は慌てて手に持っていた買い物袋を見て話す。
「祖母に頼まれて。食材と……あと、ケーキを」
「なるほど、そうですか。……それと、今朝の件ではお世話になりました」
「い、いえ、そんな……。俺は大したことはしてませんけど……」
ただ単に、五葉に一度帰ると言われて見送っただけ。家に泊まらせる以上のことは、特になにもしてない。
「そうでしょうか。私にとっては、十分感謝すべきことです」
「は、はぁ……」
「ありがとうございます」と澪華が感謝した後、再び小さな沈黙が流れる。
そんな澪華は、しばし榮を視界から外して、色とりどりのケーキがガラス越しに並んでいるショーケースへ目を向けた。
「………」
今は聞くべきではない。
なぜ五葉と一緒にいたのか。どういう経緯で知り合ったのか。そして、この少年は何者なのか。
聞きたいことはいくつもあるが、それを知るなら、五葉本人がいる場で聞いた方がいい。
澪華はそう判断すると、店員へ向き直る。
「すみません。ショートケーキを二つ、お願いします」
「かしこまりました!」
ショーケースから店員が丁寧にケーキを取り出し、箱に詰めたあと、澪華は静かに会計を済ませ、その箱を両手で受け取った。
「どうも、ありがとうございました」
店員へコクッと一礼すると、そのまま店の出口へ向かい扉を開く。
カラン――。
澪華は一度だけ足を止めていたが、それでも振り返ることはしなかったのであった。
――そうして、店内には再び穏やかな空気が戻る。
店を出ていった澪華の後ろ姿を見送り、榮はホッとを息を吐いた。
そして謎の安堵感。
(なんだろう……)
初めて会った時より話しやすかった。あの威圧的な雰囲気も、さっきは感じられなかったし。
それでも、どこか緊張してしまう。五葉と言葉を交わしたときとは、ある意味違う雰囲気で――。
「お客様?」
ぼーっとしていた榮は、店員の声で我に返る。
「あ、すみません……! ショートケーキを三つお願いします」
注文を聞き、店員は慣れた手つきでケーキを箱へ詰める。
祖父と祖母、それから自分の分。三人で食べる姿を思い浮かべると、自然と口元が緩んでしまう。
手早く会計を済ませて、ケーキの箱を受け取る。
「ありがとうございましたっ」
数分前に出ていった澪華に続き、榮も店を出る。
商店街は昼前ということもあり、多くの人で賑わっていた。
八百屋の威勢のいい声。パン屋から漂う焼きたての香り。買い物帰りの人たちが楽しそうに話しながら行き交っている。
(澪華さん……か)
五葉とは雰囲気が少し異なる。落ち着いていて、大人びている。まだ五葉と一緒にいるところは片手の指で数えるほどしか見ていないが、それでも、どこか五葉を大切に思っていることが伝わってきたのだ。
(五葉と、どういう関係なんだろう)
保護者なのか。もしくは、姉のような存在なのか。
だが、あのとき深くは聞かずにいた。それは、今の段階で聞くべきことではないな、と思ったからである。
◇
商店街を過ぎ、家までおよそ三百メートルというところで、
「ねぇ」
突如、後ろから明るい女の声が聞こえた。
「ちょっといい?」
振り返ると同時に、榮は足をとめる。
背後にいたのは、肩まで伸びた金髪。どこか人懐っこい笑みを浮かべた、ワイシャツを着ている女子高生。
しかし、その黒い瞳だけは『獲物』を見つけたように鋭く光っていて、
「君さぁ」
少女は軽く首を傾げて、上目遣いでこちらに問う。
「白い髪の女の子、知らない?」
「……白い髪?」
「そうそう」
少女はクスッとした笑顔のまま続ける。
「小学生くらいでさぁ。白い髪に、黄色っぽい目をした子。なんか見かけなかった?」
そんな少女の言葉に、榮の表情がわずかにグッと引き締まる。
(五葉のことだ……)
しかし、それを表情には出さないよう努める。
「……どうして?」
こちらも逆に問い返すと、少女は肩をすくめ、気軽な調子で笑ってくる。
「ちょっと探してるだけだよぉ。名前とか知ってたら教えてほしいんだけど」
なぜか笑顔は崩れない。けれど、その視線だけは榮の反応を一つも見逃すまいとしているようだ。
「……知らないな」
短く、それだけ答える。
少女は一瞬きょとんとしたような顔を見せるが、また、くすりと笑う。
「ふぅーん」
軽い返事だったが、その今までの笑みとはどこか意味深。
「知らない、ね」
少女はスッと一歩だけ榮へ近づく。
「でもさ。昨日だったかなぁ? 君、その子と一緒に歩いてたよね?」
その一言に、榮の心臓がどくりと鳴る。
(見られてた……)
確実にバレるのを防ぐために表情は変えずにいたが、それでも一瞬だけ呼吸が止まってしまった。
――少女は榮の、その一瞬の反応でも見逃さなかった。
(当たり………)
こいつは、バレてないだろうと思っているかもしれない。でもそんなの、表情に出してないだけで、体に動揺して表れてるよ?
甘いね……君。と、少女は今考えている。
「商店街の近くで、白い髪の女の子と並んで歩いてた。私、ちゃんと見てたんだけど?」
榮は押し黙ったまま少女を見つめる。
(どうする………)
嘘を突き通すか、それとも——。
「……人違いじゃないか?」
できるだけ平静を装って答える。少女は「あはっ」と小さく、次は嘲笑した。
「まだ隠すんだねぇ」
なぜか楽しそうだった。単純な質問ではなく、ゲームでもしているよう。
「別にさぁ。私は君をどうこうしたいわけじゃないんだよ? ただ、あの子を探してるだけ、だから教えて。今、どこにいるの?」
「……知らないっていってるだろ」
それでも尚、榮は本当のことを明かさない。
少女は数秒、榮の目をじっと見据えていたが、やがて――
「……へぇ」
少女の声色から、さっきまでの友好的な『軽さ』がスッと消え、
「君。思ったより口、固いんだねぇ……」
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