15話 澪華と五葉
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毎日午前7時ごろか午後6時ごろに「異能社会の傍観者」を1話ずつ投稿しています。
気が向いたらときなどでいいので、見ていただけると嬉しいです。
――朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく照らしていた。窓の外では、小鳥のさえずりが静かに響いている。
榮はゆっくりと目を開け、しばらくの間、眠気の残る頭を働かせる。
「……朝。」
小さく呟き、体を起こす。その時、視界の端にもう一組の布団が映った。
昨夜、自分の部屋へ敷いた布団。そこでは、五葉が静かな寝息を立てて眠っていた。白い髪は朝日に照らされて淡く輝き、その穏やかな寝顔からは、昨日まで見せていた緊張はほとんど感じられない。
榮は思わず小さく笑みを浮かべる。
――よく眠れたみたいだな。
安心したように息をつくと、五葉を起こさないよう静かに立ち上がり、部屋の扉をそっと開け、足音を忍ばせながら廊下へ出た。
榮は静かに階段を下りる。台所からは、いつもと変わらない味噌汁の香りがふわりと漂ってきた。
「おはよう。」
居間へ入ると、祖母が振り返り、穏やかに微笑む。
「おはよう、榮。よく眠れた?」
「うん。」
短く返事をしながら席に着く。食卓には焼き魚に卵焼き、湯気の立つ味噌汁が並んでいた。祖父は新聞を畳みながら顔を上げる。
「おはよう。」
「おはよう、じいちゃん。」
榮は手を合わせる。
「いただきます。」
温かいご飯を口へ運んだ。
――昨日はいろいろなことがあった。異能、五葉、そして自分の知らない世界。
それでも、この朝だけはいつもと変わらない。そんな日常が、不思議と心を落ち着かせてくれた。
しばらくして、階段を下りる小さな足音が聞こえてくる。
榮が振り返ると、眠たそうに目をこすりながら五葉が姿を見せた。昨夜借りた白いTシャツに黒い半ズボンのまま、まだ少し寝癖のついた白い髪を揺らしている。
「……おはよう、ございます。」
小さな声でそう言うと、祖母は優しく笑った。
「おはよう。よく眠れた?」
五葉は静かに頷き、「はい」と答える。
祖父も新聞を畳み、穏やかな表情で口を開く。
「それはよかった。」
祖母は朝食を並べながら、ふと困ったように笑う。
「あら、そういえば。私たち、まだお名前を聞いていなかったわね。」
その言葉に、五葉は少しだけ目を丸くした。榮も思い出したように頷く。
「そういえば、俺しか聞いてなかったな。」
――部屋に静かな空気が流れる。
五葉は少しだけ視線を落とす。
昨日の夜。榮には自分から名前を伝えた。信頼できると思えたから。
そして――目の前にいる二人も、自分を温かく迎え入れてくれた。
ゆっくりと顔を上げる。
「……五葉。」
三人が静かに五葉を見る。
「五つの葉って書いて、五葉。」
祖母は優しく目を細めた。
「五葉ちゃんっていうのね。とても素敵なお名前ね。」
「いい名前だ。」
続けて祖父も穏やかに頷く。五葉は少し照れたように視線を伏せ、
「……ありがとう。」
その小さな声は、昨日よりも少しだけ柔らかいようだった。
――朝食を終えたあと。
食器を片付けながら、五葉は静かに口を開く。
「……そろそろ、帰ります。」
祖母は少し寂しそうに微笑む。
「そう?。もう少しゆっくりしていってもよかったのに。」
五葉は小さく首を横に振る。
「……家族が、心配するから。」
その言葉に、榮も静かに立ち上がった。
「じゃあ、送っていくよ。」
「……うん。」
祖母は二人を見送りながら、優しく笑う。
「気をつけて行ってらっしゃい。」
「ありがとうございました。」
「行ってきます。」
榮と五葉はそう言い玄関を出る――。
朝の住宅街は穏やかで、柔らかな日差しが道を照らしていた。
二人は並んで歩く。
しばらくの間言葉はないが、それでもなんでか気まずさは感じない。
静かな時間が、心地よく流れる。やがて、一軒の家が見えてきた。
「……ここ。」
五葉が小さく呟き、榮は足を止めた。
「じゃあ、俺はここで──」
そう言いかけた、その時だった。
玄関の扉が静かに開く。現れたのは、一人の女性。
肩まで伸びた黒髪。どこか冷たい印象を与える整った顔立ち。そして、低く落ち着いた声。
「……五葉。」
澪華。五葉は小さく頷く。
「……ただいま。でもごめん、心配かけて。」
澪華は五葉の姿を見て、わずかに安堵したように息をつき、
「無事でよかったです……」
その視線が、ゆっくりと隣へ移る。榮と目が合い、二人は同時に小さく目を見開いた。
「……」
数日前。ケーキ屋で出会った相手。互いに、そのことを思い出している。
澪華は静かに一礼。
「……五葉がお世話になりました。」
榮は少し驚きながらも、小さく首を振る。
「いえ……大したことはしてません。」
「それでも、感謝しています。」
短い言葉、それだけ。けれど、あの夜や夜のケーキ屋で見せた警戒心とは違い、その声音はどこか柔らかいような。
榮は小さく笑みを浮かべる。
「それじゃ、俺はこれで。」
五葉が榮を見る。
「……ありがとう。」
「またな。」
榮は軽く手を振ると、ゆっくりと来た道を歩き始めた。その背中を、澪華は静かに見送る。やがて姿が見えなくなると、小さく口を開く。
「あの方が。」
五葉は静かに頷く。
「……榮。」




