11話 『家族』の温もり
お読みいただきありがとうございます。
日曜日以外の週3で投稿しております。よかったら、暇なときや興味があったときに見ていってください。
「榮のお家に、行かせてもらえないかな」
少女は静かにそう言うと、不安そうな表情で榮を見据える。
「あ、えっと……」
唐突のお願いに、榮は困惑する。しかし少女の瞳に打算や嘘は感じられなかった。
――澪華は東京に行っている。今日は家に誰もいない。
脳裏に少女が述べていたキーワードのようなものがよぎる。
しかし、同時に新たな疑問が浮かぶ――
(……この子、普段はどうやって暮らしてるんだ? あのときランドセルを背負っていたし、学校には通ってるのか。親は……話してみ――)
そこまで考えたところで、榮は思考を打ち切った。
今それを踏み込むのは違う気がする。彼女にも、触れられたくない事情があるのかもしれない。
軽く息を吐き、少女を見つめ返す。
正直いって、不安はある。なにせ異能という存在を今しがた知ったばかりだ。
けれど、目の前の少女が『危険』な人物だとはもう思えない。
俺のことを助けてくれたのは事実でもあるし。
少女の真っすぐな瞳を眺めた。
さっき見せた笑顔。祖父母に丁寧に挨拶をしていた姿。
やはりどれも演技には思えないな。
よし――
「分かった……」
榮の答えに、少女の肩がぴくりと跳ねた。
「……えっ?」
「ただし、俺一人じゃ決められない。じいちゃんとばあちゃんにも聞いてみる。それで二人がいいって言ったら――一緒に来てもいい」
「ほ……ほんと?」
「ああ、でも約束はできないけど」
「ううん、ありがとう」
そのニコッとした笑顔はどこか嬉しいような、安心したような笑顔にも見えた。
――その後。
榮と白髪少女は公園から出て、夕日に染まる住宅街を並んで歩いていた。
「………」
そんな時間が流れていた。
そこでふと、一人の若い女が向かい側から歩いてくる。
榮と同じくらいの年齢、背丈。髪は薄い金髪で右耳にはピアス。一言で言えばギャルだ。
どこか気だるそうに歩きながら、片手を制服のポケットに突っ込んでいる。その表情には退屈そうな笑みが浮かんでいた。
彼女とすれ違う、まさにその一瞬――彼女の視線が白髪の少女を捉える。
「……あ」
彼女から小さな声が漏れ出て、白髪の少女も無言のまま視線を返した。
二人の間に張り詰めた空気が流れているが、麗しい金髪を風に靡かせた女は口元をわずかに吊り上げ、
「へぇ」と小さく呟き、あっけなく興味を失ったようにそのまま歩き去っていった。
榮は遠ざかっていく気だるげな靴音を、背中で聴く。
「知り合いか?」
「……ううん」
少女の答えに榮は深く追及することはせず、「そっか」とだけ返して歩き出す。
――夕焼けは少しずつ色を落とし、街には明かりが灯り始める。自宅の周辺に入ると、どこからか夕飯の香りが漂ってきた。
「もうすぐ着く」
辺りを見回す少女。どことなく落ち着く雰囲気に静かに目を細めていた。
やがて、和風な一軒の家の前で榮が足を止める。
「ここが俺の家」
窓から漏れる温かな明かり。庭先に咲く季節の花。初めて訪れるはずなのにどこか懐かしさを感じさせるような、穏やかな家。
「……素敵なお家だね」
「ありがとう」
そう言って榮が千本格子の扉を開けると、家の奥から祖母の声が聞こえてきた。
「ただいま」
「おかえり榮」
廊下へ出てきた祖母は、榮の背後に立つ白髪の少女に気付き、少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「あら? さっき公園で会った子だね」
少女はぺこりと頭を下げた。
「……こんばんは」
「こんばんは」
祖母は優しく微笑み返す。その光景に、榮は少し照れくさそうに頭をかいた。
「あのさ、ちょっとした話があるんだけど」
榮がそう言うと、祖母は「どうしたの?」と不思議そうに首を傾げた。
俺の声に反応したのか、奥の居間にいた祖父も新聞を畳み、こちらへ歩いてくる。
「何かあったのか?」
榮は後ろに立つ少女へチラリと視線を向けた。少女は肩をすくめ、少し緊張した面持ちで佇んでいる。
「実は、この子が今日だけ家に上がらせてほしいって。俺ともう少し話がしたいらしくてさ……」
祖父母は顔を見合わせた。
「もちろん、俺一人じゃ決められないと思って……だから、二人が嫌なら無理には――」
果たして許可してくれるかどうか……
「私は構わないよ」
榮が言い終わる前に、祖母は和やかに微笑んだ。
「困ってる子を玄関先で帰すなんて、かわいそうじゃない」
祖父も深く頷き、破顔した。
「榮が連れてきた子なんだろう? なら、わしらに異論はないよ。歓迎する」
少女は驚いたように目を見開いた。
「いいの……?」
「もちろんよ。遠慮しなくていいから、さあ、中へおいで」
少女はしばらく棒のように立ち尽くしていたが、やがて小さく頭を下げ、
「……ありがとうございます」
その声は、どこか途切れがちに、けれど深くほっとしたように響いた。
そっと靴を揃えて脱ぐと、ゆっくりと玄関へ上がる少女。
「……お邪魔します」
まだ少し緊張を孕んだ声。
榮は苦笑いを浮かべながら、優しく声をかけた。
「そんなにかしこまらなくていいよ」
祖母は優しく笑い、少女を居間へ案内する。祖父も穏やかな表情でその後を歩き、榮はそんな二人の様子を感慨深く見つめた。
二人は何も聞かなかった。少女の家族のことも、どうして一人なのかも。
きっと二人とも、気になっているはずだ。少女の佇まいを見ていれば、何か事情があることぐらいは察しがつくだろう。
しかしそれでも、初めて会ったばかりの相手に無理に聞くことではない……そう考えているのかも。
(……じいちゃんも、ばあちゃんも。やっぱり優しいな)
胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じながら、榮も二人の後を追って居間へと向かった。
――居間へ入ると、食卓にはちょうど夕食の準備が整えられたところだった。
祖母は振り返り、にこりと微笑む。
「ちょうどご飯ができたところなの。よかったら、一緒に食べていって」
促されるまま、少女は静かに席へついた。目の前には、湯気を立てる出来立ての料理が。
「「「いただきます」」」
◇◇
四人はパン、と手を合わせ、少女も自然にその言葉を口にし、料理へ箸を伸ばす。
デミグラスソースが掛かったハンバーグ。
一口食べると、優しさに溢れる味が口いっぱいに広がった。
「……おいしい」
思わず漏れたその一言に、祖母は目尻を下げて嬉しそうに笑う。
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ。いっぱいあるから遠慮しないで、好きなだけおかわりしておくれね」
続けて祖父も嬉しそうに言葉を足す。
「君はまだまだ育ち盛りなんだから気にせず食べるといい。好き嫌いがなければ、いくらでもおかわりはあるぞ」
賑やかになった食卓に、榮は思わず笑いを漏らした。
「じいちゃん、そんなに勧めたら困るって」
食卓に小さな笑い声が広がり、少女は三人の顔をじっと順番に見つめていた。
楽しそうに笑う榮と、それを優しく見守る祖父母。何気ない会話と、絶えない笑顔。
それは少女にとって、まぶしすぎるほどの光景。
――胸の奥が、じんわりと熱くなる。その温もりに包まれた瞬間、少女の瞳にふっと光が溜まり、小さく潤んだ。
「………」
ぽたり、と一粒の涙が膝の上へ落ちる。少女は慌てて袖で目元を拭った。
「ご、ごめなさ――」
「謝らなくていいんだよ」
祖母は理由を聞くこともせず、自然に続けて、
「ここでは、ゆっくりしていきなさい」
どこまでも温かいその言葉に、少女はあふれそうになる涙を必死にこらえながら、強く頷いた。
「……はい、ありがとうございます」
それは、心の底から安心したような声であった。少女はそっと、もう一度箸を手に取る。
「……いただきます」
小さく口を開き、料理を一口、また一口と噛みしめるように味わっていく。
食卓を包み込む、祖父母と榮の穏やかな笑い声。少女はその温かな声に耳を傾けながら、微かながらに笑いを見せた。
頬を伝っていた涙も、いつの間にか止まっている。
こんなにも温かい時間が世界にあることを、少女は初めて知った――。
「優しいなぁ……この家族は……」




