8.5話 『出会っていた二人』 1
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◇◇ 白髪少女の視点
「お兄さんを……助ける」
少女はあたふたと逃げる男を見据えた後、榮をどう助けようかと策略を立てていた――。
(あのお兄さんをどうやって茶髪から引き剥がすか……)
私なりの考えは、いくつかある。
一つ目は茶髪に向かって猛アタック。
いくら子どもの突撃とはいえ、不意を突かれればそのまま受け止めるのは難しいはずだよね。
まあ、相手がプロレスラーとか筋肉マッチョの化け物とかだったら、話は変わるけど……。
二つ目は私のある『能力』を使う。
でもこれはあんまり使ったことがないから、コントロールが効かないかも知れない。
それに、人前で見せたこともない。
三つ目は大声で叫んで、お兄さんが逃げる隙を作る。
あいつらの狙いが私なら、この方法が一番手っ取り早い。
連れて行かれた後で何をされるかはわからないけれど、さっさと私に標的を切り替えさせて、お兄さんを助けられるならそれでいい。
―――最悪の場合は、あいつを殴り殺せばいいか。
「…………あ」
脳裏によぎった『殺す』という四つ目の選択肢。
(……お兄さんは人の死を見たことがあるのかな……)
殺人、事故、いじめ、その他の犯罪。
それらの理由で人が亡くなるのを、数え切れないほど見てきた私。
なんなら、年齢とは釣りに合わないほどの数で直接見たし、された。
それにした。
◇
自分がまだ、小学生中学年の頃。
当時通っていた地元の学校は、いわゆる名門校。選りすぐりの少年少女しか集まれない場所だ。
もちろん美男美女なんて当たり前にいたし、腐るほどの金持ちだっていくらでも転がっていた。
傍から見たら、誰もが羨むエリート校――なはず。
だからこそ、「いじめ」なんてものは当然ないと思われてきた。
なにせ頭の良い人間ばかりだ。いじめなどという下等な行いをするような者が紛れ込める場所でもない。
――それに私は、当初はされる側になるなんて、思ってもいなかった。
自分で言うのもあれだけど、私は人から見てかなり優秀な部類だったらしい。
容姿端麗で純粋無垢に見られ、成績も学年で常にトップを維持。誰からも尊敬されてきた。
けれども、私は自分がそんな風に持ち上げられる環境にあっても、決して自惚れるようなことはしなかった。
他より好成績だからといって慢心する。己の容姿に胡坐をかいて、変なプライドを持つ。それが故に他を見下す。
こういう奴らは全員、生涯落ちこぼれになると、当時の私の中でさえすでに予想がついていたから。
――しかし四年生のとき、私に転機が訪れる。
確かに人から敬われてはいるものの、私にはこれといった友はいなかった。
自分より優秀な人間が現れたとき。
結局は誰もが、外面では羨むふりをしながら、内面では黒い嫉妬の心を滾らせているだけ。
人間とはそういうものだと、私は思い込んでいた。
でも、違ったの。
私が友達になったのは宝来って女の子。
長い黒髪で、猫みたいなキュルっとした大きな瞳。透き通るような白肌に、すっと整った鼻筋。
すごく可愛かった。それはもう、ラベンダーの花のように。
当時の男子たちは誰もが彼女に惚れ惚れしていたらしいけれど、女子たちの評価はあまりに冷たく、そして酷いものだった。
記憶が螺旋のように蘇る――
『五葉ちゃんって、頭が良いんでしょ? 勉強、教えてよ!』
『頭が良いっていうか、単にできるだけだよ……』
『でもでも、私なんて全然だめだよ……! 未だに割り算と掛け算もあやふやだし、漢字もだめだめ……』
『そ、そうなの?』
『うん! だから教えて!』
『………』
私はこの時、断れなかった。
この子が欺いているようには見えもしなかったし、当の本人は確か「学校で頭がずば抜けて悪い転校生」と噂の人だと耳にしたこともある。
『だめ……? 五葉ちゃん……』
『い、いいけど……ちょっとだけだよ? 私も忙しいからッ……!』
拍子抜けに、声が上ずってしまった。
人からこんな風に純粋なお願いをされたのは初のことだったし、ちょっぴり嬉しさもあったから。
『やったー! ありがとね、五葉ちゃん!』
『う、うん……! でも、いつにするの?』
『え? えーっとねー。学校終わってからにしよ!』
と、この子は言った。
自分も放課後は特別な予定がなかったので、いつでも教えられる時間はあった。
『ちなみに、何時くらい? 私は何時でもいいけど』
『それじゃあ、五時くらいにしよう? 私も帰ったらすぐに準備するからさ』
『分かった。帰りの会が終わったら、急いで帰るね』
『うん!』
あの子はとてもニッコリと笑って見せていた、眩しいほどに。
男子たちがこぞって惚れる理由が分かったかも知れない。本当に、男子って単純なんだな。
『あ……そういえば』
――ふと、そこで気付いた。まだこの子の名前を直接訊いていないではないか。
名字は宝来、下の名前は……。
『ねえ、宝来さん』
『なあに、五葉ちゃん?』
『あの……、あなたの下の名前を訊いてもいい?』
『……私の名前?』
あの子が聞き返した時、教室の窓がぐにゃりと変形したように見えた。
日頃の疲れが溜まっているのか、はたまたクラスのストレスに魘され続けてきたからだろうか。
頭が痛い。
でも、その時は気に留めてはいなかった。
――夕日に赤く照らされた窓ガラスが、私に薄く不気味に反射する。
愛莉が名前を口にしたとき、私の心には言葉にできない刃物のようなものが突き刺さっているのを感じた。
物理的な痛みは感じないものの、心の奥で、奥底で、白と黒の塊が殺し合っている。
脳が唐突にそんなものを連想させた。
あと、学年が違う。――どうして?
『愛莉……愛莉……分かった。けど愛莉ちゃんって、なんで学年が違――』
『しーーーっ』
なぜ学年が違うのかと質問しようとしたのを、愛莉の白肌の指で、静かに遮られる。
『それはね………秘密。色々あるんだよ、五葉ちゃん。あなたがまだ知らない、この学校の仕組み』
『仕組み……?』
『うん。高校って成績が悪ければ留年させられるでしょ? それと同じだよ?』
『へ、へぇ……そうなの』
『そそ。まあほんとに――色々あるの』
愛莉はなぜ、まだ小学生の身でありながら高校の制度のことまで詳しく知っているのだろう。
親から知識として聞いたというのであれば、一応の納得はいく。
ただ、愛莉の話し方には、どうしても引っかかる不自然な点があった。
まるで人から聞いた話ではなく、自分自身がその『色々』を身を以て経験してきたかのような――そんな、年齢に見合わない冷めた響きが混じっていたのだ。
『ま、ほら、五葉ちゃん。早く帰んないと時間なくなっちゃう』
『え……? あ、本当だね。早く帰ろっか』
いけない、つい愛莉のことで頭がいっぱいになっていた。
まあとにかく、心配事は置いといて、帰る支度をしよう。皆もう帰っちゃったし。
というか……どんどん頭が重くなってきた。
視界がぼんやりする。熱でもあるのかな……。
『あ、待って五葉。忘れ物だよ』
『え……あぁ、ごめん。水筒忘れてた……』
愛莉に呼び止められたとき、すでに私の身体は鉛のように重くなっていた。足取りすらもおぼつかなく、自分の意志とは裏腹に、不規則な千鳥足になってしまう。
『あと……五葉。帰る前に、良いこと教えたげる』
『………』
朦朧とする意識の中、愛莉がこちらにゆったりと近づいてきた。
すれ違いざま、愛莉の薄い唇が首筋に当たる。私の耳元の白髪を優しくかき分け
、息が吹きかかるほどの距離で、甘く、霞むように囁き――
『五葉。あなたはすごく優しいね……大好き』
首元に、噛まれた感覚がある。
痛い。
話を少しずつ改変していきます。(具体的には人物の関係を)
それと9話を見ないことをおすすめします。話を整理している段階でその前の出来事が書かれてないからです。




