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問無抄 ~のら猫と忠犬の虚実録~  作者: ぐるた眠
第一章 白音堂~死者と会話できる堂~

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第三話 白蝶たち

 ようやく教団本部までたどり着くと、二人を出迎えたのは、教団幹部と思われる白装束の若い女たちだった。


 玄晏(げんあん)は彼女らの前へ大股で歩み出て、これみよがしに銀塊を取り出してみせる。


「にゅ、入信を考えているのだが……。まずは本当に死者の声とやらが聞けるのか試したい。献金はこれで足りるだろうか」


 奇妙な笑顔を貼り付け、商家のどら息子を必死で演じる青年の脇腹を、無咎(むきゅう)が肘で小突いた。


「おい。いきなりそんなものを出すな。怪しまれるだろう」


「貴で……いやお前こそ、主人に対する言葉遣いを───」


 ふたりを前にした幹部の女は、静かに答える。


「お布施は、実際に御声(おこえ)を聞いてからで結構ですわ」


『まずは本物か試したい』とは少々図々しい申し出ではあったが、ここではよくあることなのか。白装束の幹部は彼らの様子を怪しむそぶりもなく、淡々と対応した。


 目鼻立ちのはっきりとした二十代半ばくらいの美人で、彼女がそのまま二人を待合室へ案内する。


「準備が整うまで、こちらでお待ちください」


 簡素な部屋には長机が三つと、椅子がそれぞれ四つずつ。

 すでに他の入信希望者らしき者が三名いて、それぞれ机に向かっていた。


 玄晏(げんあん)らも席に着くと、机の上にはすでに筆記具が用意されている。


 彼らの前に薄紙が一枚ずつ置かれ、幹部の女は「御声聞(おこえき)き」のための手続きを説明した。


「こちらは白冥大士《はくめいたいし》様へのお伝え書きです。お話ししたい故人さまのお名前と、その方へ尋ねたいことなどを自由にお書きください」


 幹部はそう言って一礼すると、踵を返し部屋を出ていく。


「ふむ」


 玄晏(げんあん)は薄紙を手の中でもてあそびながら、無咎(むきゅう)に向かって耳打ちした。


「この伝え書きは怪しいぞ。教団があらかじめ故人の情報を入手するための策略かもしれない」


「んなことは猿でもわかる」


 無咎(むきゅう)はあくびをかみ殺しながら切り捨てた。


 玄晏(げんあん)は聞こえないよう舌打ちをして、筆を手に取ろうとした、その時────


「無理に書かずともよいぞ」


 誰もいないはずの背後から突然、しゃがれた声が聞こえ、ふたりは弾かれたようにふり返った。


 いつの間にそこにいたのか。

 白髪頭で腰の曲がった、およそ八十くらいに見える老婆が立っているではないか。


 白装束を身にまとっているが、頭には銀の冠、首からは大ぶりな数珠を下げている。

 教団幹部、その中でもかなり上位の人間と見えた。


 老婆はしわくちゃの顔でにっこりと笑み「白樺(しらかば)じゃ」と名乗る。


「故人さまとの思い出を、明かしたくないのなら、無理に書かずともよい。伝え書きなどなくともな、白冥大士様はすべてを見通せる。お前さんがたの内に秘めた声を聞いて、きちんと相手を探してくださるでな」


 老婆の声は低く、しゃがれてはいるものの、言葉の一つ一つがはっきりと発音されており聞きやすい。


「じゃあ、なんでわざわざこんなものを書かせる?」


 薄紙をつまみ上げ、懐疑的にたずねたのは無咎(むきゅう)だった。


 ご老人に対して少々失礼な物言いを、老婆白樺は特に気にする様子もなく、にやりと口角を上げる。


「お前さんがたのためじゃよ」


「俺たちのため……?」


「ああ。『御声聞き』でお呼びできる故人さまは一人に限られ、話せる時間も短い。しかし人が抱える思いは、一つとは限らんじゃろう?いざ故人さまを前にすると、混乱して口を閉ざす者も多い。そうならないよう、誰と何を話すか、自分の心に決めておくためじゃ」


「故人と話せる時間はたしか、線香が一本燃え尽きるまでと聞いたが?」


「おお、よく知っておるな。うちの線香は特注品で、半刻(7分強)ももたずに燃え尽きる」


 無咎(むきゅう)は顎に手を当てうなずいた。


「なるほど。伝え書きというのは、その御声聞きとやらを効率的に進めるための台本のようなものか」


「ああ。その通り」


 満足げな老婆は、ついでにこんな話も教えてくれた。


 過去に「死んだ夫の声が聞きたい」と、ここを訪ねた未亡人がいたそうだ。


 彼女は伝え書きに亡き夫の名を書き、本堂で白冥大士(はくめいたいし)へ熱心に祈った。

 しかし彼女が聞いたのは、夫とは別人の声だったという。


「それが、三十年も前に別れたかつての想い人だったそうでな。その男のことは誰にも話しておらんから、勿論わしらも知らなんだ」


「いったい、なぜそんなことが起こる?」


 疑問を呈する玄晏(げんあん)に、無咎(むきゅう)が代わりに答える。


「その女が『本当に声を聞きたかった』のは旦那じゃなくて昔の男の方だった、ということだろう」


 白樺はゆっくりとうなずく。


「ああ。『未亡人でありながら、他の男の名を書くのが憚(はばか)られ、つい嘘を書いてしまった』と、恥ずかしそうに言っておったな。白冥大士《はくめいたいし》さまはいつも、伝え書きよりも人の心を読まれる。だから、こういう行き違いがおこる」


「そのような事案もあるのか……」


 玄晏(げんあん)は、何か神秘を目の当たりにしたように、手元の紙を見つめる。


「ああ。だから伝え書きは書かなくとも結構。たとえ書いても、わしらに見せずともよい。ただ、心の中で思い浮かべるんじゃ」


 そう言いながら白樺は、椅子に腰かける玄晏(げんあん)の正面へまわった。


 曲がった背がすっと伸び、小さな手のひらが玄晏(げんあん)の額にそっと当てられる。


 玄晏(げんあん)は戸惑いながらも、促(うなが)されるように目を閉じた。


「お前さんが今、いちばん会いたいのは誰じゃ?どれだけ会いたくとも、もう二度と会えぬ、たった一人の……。もし今ここに、その御方が現れたら、何が聞きたい────」


 眉間にうっすらと皺を寄せる玄晏(げんあん)の様子を、無咎(むきゅう)は顎に手を当てたまま、静かに観察していた。


 *


 不思議な老婆・白樺が去ったあと、先に待合室にいた中年男が声をかけてきた。


「おい。どうやらあの白樺という婆さんが教祖さまらしいぞ」


「ああ、やはりそうでしたか」と無咎が答える。


 年格好からしてそうだとは思ったが、教祖にしてはやけに田舎臭い、良く言えば親しみやすい老婆だった。

 そういうところがかえって、人の心を掴むのかもしれない。


「ところで、あんたらは入信希望者か?」


 今度は玄晏がこたえる。


「はい、ええ、まあ……」


 探りを入れられているのかと一瞬身構え、つい曖昧な返事をしてしまった。


「貴方は違うのですか?」


 すかさず無咎(むきゅう)が聞き返すと、その太った中年男はどこか憐れむような、わずかに見下すような目を彼らに向けた。


「俺は違う。白冥大士《はくめいたいし》だの冥界だのなんて怪しげなもんはどうでもいい。ただ死んだ親父に、どうしても聞きたいことがあるんだ。聞くことを聞いたら、こんな所は用なしだ。君らも金をしぼり取られる前にさっさと帰るんだな」


「は、はあ……」


 玄晏(げんあん)と無咎(むきゅう)はそろって苦笑いをする。


 話を終えると、男は重そうな体でよいしょ、と椅子から立ち上がった。


 手には記入済みの伝え書きが握られており、それを今から幹部へ渡しにいくのだという。


「必要ないとは言われたが、白冥大士《はくめいたいし》とやらにあらかじめ言伝(ことづて)しておいたほうが、失敗はないだろう。俺は今日、“あれ”を確実に親父から聞き出さなきゃならん」


 “あれ”が何かは見当もつかないが、よほど大事な話なのだろう。


 大股で部屋を出ていく男を見送り、玄晏(げんあん)はあきれてため息をこぼした。


「どうでもいいと言いながら、けっきょく白冥大士(はくめいたいし)の力は信じているようだ。教団側も、ああいう冷やかしの相手をするのは大変だな」


 何気なく無咎(むきゅう)へ話しかけると、彼は机に向かって熱心に筆を動かしていた。


 何だろうと手元を覗くと、紙に描かれていたのは、蝶の落書きだった。


「俺たちだって、冷やかしみたいなものだろう。入信する気はないんだから」


 蝶の羽に黒点模様を書き足しながら、無咎(むきゅう)は言う。


「ま、まあ……」


 玄晏(げんあん)は、その下手くそな蝶を見つめたまま、反論できなかった。


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