表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
問無抄 ~のら猫と忠犬の虚実録~  作者: ぐるた眠
第二章 海天楼~人魚の舞う妓楼~【挿絵付】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/37

第七話 初対面

 翌朝。寝台で眠る玄晏(げんあん)を起こしたのは、玳瑁(たいまい)の明るい(かす)れ声だった。


「おはよう、おふたりさん」


 玳瑁(たいまい)は髪を(かんざし)一本でまとめ、渋い黄緑の褙子を羽織っていた。


「どう。昨晩は楽しめたかい?」


 どうやらふたりのため、屋台で朝食を買ってきたらしい。

 炒餅(チャオビン)を手にした玳瑁(たいまい)は、なぜか含みのある笑顔を浮かべていた。


「はあ……」


 玄晏(げんあん)は眠気(まなこ)をこすりながら、まだ温かい餅を受けとる。


 そんな彼の肩を、玳瑁(たいまい)は指でつついた。


「ふふ。たまにいるんだよねえ。こういう場所を隠れ(みの)にして、“桃を分けあう”男がさ」


「……桃?何のことだ?」


 餅を手にしたまま玄晏(げんあん)は首をかしげる。


 その脇で無咎(むきゅう)は何もいわず、いつものくたびれた赤い衣に袖をとおしていた。


「そうだ。昨夜はずいぶんと沢山もらっちまったから───」


 玳瑁(たいまい)は背後をふりかえり、扉の方に視線をやる。


 そこには、髪を一つ結びで垂らした、小柄な女が立っていた。


鯪珠(りんじゅ)と話したかったんだろう?特別に連れてきてあげたよ」


 予想だにしなかった、主役の登場に玄晏は唖然とする。


 鯪珠(りんじゅ)はふたりの前へ歩み出ると軽く膝を折り、化粧けのない顔で言った。


「お初にお目にかかります。見苦しい姿で申し訳ありません」


 白い寝間着に、少し皺の入った水色の褙子を羽織っている。

 おそらく、寝ていたところを玳瑁(たいまい)に叩き起こされたのだろう。


 その質素で飾り気のないたたずまいが、かえってなまめかしくも見える。

 顔を上げると同時に、横髪をそっと耳にかける仕草など、男ならば目を奪われずにいられない。


「とんでもない。お疲れのところご足労いただきまして、感謝いたします」


 しかし無咎(むきゅう)は、いつものうさんくさい笑顔を披露した。


 鯪珠(りんじゅ)はそんな無咎(むきゅう)と、寝台で(ほう)けている玄晏(げんあん)の顔を交互に見て


「あなたがたは、たしか昨日───」と、思い出したように言いかける。


 玄晏(げんあん)の脳裏には、昨晩目撃してしまった裸体が浮かび、背に冷や汗が流れる。


「───昨日、玳瑁(たいまい)姐さんと一緒に、前の席にいらした方ね」


 ほっと胸を撫で下ろす玄晏(げんあん)


 幸いなことに、回廊での彼女はこちらに気づいていなかったようだ。


 無咎(むきゅう)は自分と玄晏(げんあん)の名を告げると、興味深げに追及する。


「その通りです。まさか、水の中から我々の顔が見えていたのですか?」


 鯪珠(りんじゅ)は固い面持ちのまま、口元だけゆるめた。


「さすがに水中からは見えないわ。だけど水に入る前に、(はこ)の上に立つでしょう?その時よ」


 人魚の舞は人気公演ゆえ、良席には自然と同じような顔ぶれがそろう。


 だが昨夜は、見慣れない若者がふたり、古参の玳瑁(たいまい)をともなって最前を陣取っていた。


 その光景が彼女の記憶に刻まれたようだ。


「それで、何かしら。わたくしに話したいことがあるようだけれど」


 無咎(むきゅう)は単刀直入に「玻璃の(はこ)を見せてくれませんか」と切り出した。


 そして、その理由を問われる前に、興奮ぎみに言葉を繋げた。


「あの(はこ)の美しさに、心を奪われてしまいました。うちにもあの半分でかまいませんから、同じものが欲しいのです!大量の水を抑え込む頑丈な木箱、そして何よりあの透明な玻璃……西域のものと聞きましたが、いったいどのような経路で手に入れたのでしょう?」


 あの巨大な(はこ)を、あろうことか個人的に所有しようともくろむ、破天荒な大金持ち。

 それが今回の彼らの設定であるようだ。


 金が物を言う妓楼への潜入方法としては悪くない。


 しかし、無咎のようなくたびれた身なりでは、すぐに化けの皮が剥がれるのでは?と玄晏(げんあん)に不安がよぎる。


 案の定、鯪珠(りんじゅ)は疑わしげな表情で、まずは仲間である玳瑁(たいまい)へ視線を送る。


 ところが、軽くうなずいただけで鯪珠(りんじゅ)はすぐに無咎(むきゅう)へ向き直った。


「あまり詳しくないの。あの(はこ)は設計から職人の手配まで、すべて旦那さまが取りしきっていたから」


 思いのほか、怪しまれてはいないらしい。


 妓楼には、身分を隠すためあえて粗末な格好をして通う貴人も少なくない。

 無咎(むきゅう)もその手の風変わりな富豪と思われたのだろうか。


「旦那さま、とは贔屓客のことですね?もしかして(はこ)にかかる費用もすべてその貴人が?」と無咎(むきゅう)


「ええ。どのくらいの財を投じたのかと、わたくしも聞いてみたけれど。『お前でも一生稼げない額だ』とあしらわれてしまったわ」


 たったひとりの妓女のため、巨額の資金や技術力を投じた金主(パトロン)


 そのきな臭い存在に、玄晏(げんあん)は思わず口を挟む。


「その客は───いったい誰だ!?」


 鯪珠(りんじゅ)玄晏(げんあん)の方を向くと、困ったように眉尻を下げた。


「お客の素性について、詮索(せんさく)も口外もできないわ。現にわたくしは、あなたがたの正体も探らないでしょう?」


 鯪珠(りんじゅ)は、目の前の怪しげな男たちを完全に信じているわけではない。

 ただ花街の女として、口を閉ざしているだけなのだ。


 二の句が継げない玄晏(げんあん)に代わって、無咎(むきゅう)が軽く頭を下げる。


「失礼。無粋でしたね」


 妓楼は秘密の遊戯場。

 男は素性を隠し、女はそれを探らず、たとえ知っても漏らさない。


「気にしないで。けれど、わたくしもこれだけは聞かせてちょうだい。あなたたち、玻璃の(はこ)を手に入れてどうするつもり?まさか、うちと同じことをするわけではないでしょう?」


 鯪珠(りんじゅ)の疑心を、無咎(むきゅう)はハハハと笑い飛ばした。


「うちはただの商家です。それでも特別な客人を招き、大口の取引をすることがある。その商談の場にあの(はこ)を置き、箔をつけたいのです。人魚を飼えたら一番なのですがね。うちは鯉でも入れて、鑑賞できればと」


 その低姿勢でありながら微妙に鼻につく口ぶりは、成り上がりの豪商人そのもの。


 どうしてこの男は、役者でもないのにこれほど巧妙に他人を演じられるのか。と玄晏(げんあん)は不思議に思う。


「生き物を飼うのはおすすめしないわ。水がすぐに汚れてしまうもの。頻繁(ひんぱん)に水交換ができればいいけれど、魚が泳いでいれば、それも難しいでしょう」


 無咎(むきゅう)は「ああ、言われてみればそうですね」と眉をひそめる。

 しかしその眼光はするどく前を向いていた。


「水といえば、(はこ)に入れられていた水は澄んでとても綺麗でした。あれは運河のものではないでしょう?」


 店のそばを流れる運河の水は、底が見えないほど濁りきった黄褐色。

 泥や木くずが浮くだけでなく、生活排水までまざっており、たとえろ()したところで、人が入れるほど綺麗にはならない。


「ええ。川の上流水を漕船で……届けてもらっているわ」


 鯪珠(りんじゅ)は一瞬、開け放たれた窓の方を気にしたが、あえて外を見ることはしなかった。


「なるほど。あの水は運河に乗ってここまで運ばれ、使い終わったらそのまま運河へ捨てられる。大がかりだが効率的な仕組みですね」


 鯪珠(りんじゅ)は、ええそんなものね、とそっけなくうなずく。


「そういう裏方の話はわたくしよりも、親方に聞くといいわ」


 彼女が親方と呼ぶのは、海天楼の雇い人のひとりで、(はこ)の管理をになう男らしい。

 人魚の舞公演に関わる数多の作業員を(たば)ね、監督する責任者だという。


「ああすみません。演者のあなたには関係のない話ばかりで」


 無咎(むきゅう)が管轄外の話題をふり続けていたのには理由がある。


『単純に(はこ)そのものに興味があるふりをすればいい』


 その印象を、強く植えつけるためである。


 そうして地盤を固めたあと、いかにも「ついで」という具合で彼は核心に触れた。


「最後にひとつ。答えたくなければ結構です。あれほど長く息を止めるというあなたの能力。あれは生まれつきなのでしょうか」


「……」


 鯪珠(りんじゅ)は表情こそ変えなかったが、しばし沈黙した。


 それまで饒舌(じょうぜつ)に答えていた手前、ここで黙れば、やましさを抱えていると自白するようなものである。


 やがて彼女は観念したように息を吐いた。


「もともと泳ぎが得意で、人より長く息を止められたのは事実。でも、今ここで出自を語るつもりはないわ。わたくしたちは素性ではなく一夜の夢を売っているの。ただ、言えるのは───あの(はこ)のおかげで、わたくしは本物の人魚になれたということよ」


 落ち着いた声に、自信に満ちた眼差し。

 虚言を吐いているようには見えなかったが、真意は読めない。


 無咎(むきゅう)は軽く拍手した。


「あなたを『本物の人魚』たらしめた(はこ)───ますます興味がわいてきました」


 対する鯪珠(りんじゅ)も焦ることなく、淡々とした態度を貫いた。


「そんなにあの函が気になるのなら、どうぞ好きにご覧になって。今日は清掃が入るでしょうけれど、親方にはわたくしから話を通しておくから」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ