第十五話 残酷な夢
玄晏による報告の後、都のいたるところには官府からの榜(掲示板)が立ち、巷を騒がせた宗教団体の正体について、多くの民が目にすることとなった。
『白音堂は巧みな技術と攻心(心理操作)によって死者の声を偽装し、多くの者を欺いて財産を巻き上げた。極めて悪徳な集団であるため、即刻解散を命じ、首謀者は公正な裁きを受けさせるものとする』
教祖の白樺や幹部たちはまず中央府に捕らえられ、その後すぐに大理寺の牢獄へと移された。
審問では冒頭、女形を得意とする麗しい青年が堂々とした口上を披露し、審官を圧倒した。
「演者は夢を見せ、信者はその対価として献金する。需要と供給は見事に一致していました。我々のしたことは、今も都の歓楽街でおこなわれる数多の客商売と、いったいどこが違うのでしょう」
さらに大理寺を驚かせたのは、教団が集めた多額の献金の、半分以上が手つかずであったことだ。
資金の主な使い道は、来夢の里での生活費、そして本堂の修繕費のみ。
教団の誰ひとりとして、私腹を肥やし贅沢にふける者はなく、里で信者たちとともに自給自足生活をおくっていたという。
「ではいったい何のために、あんな山奥で邪教を続けていたのだ?」
半ばあきれ気味の尋問に、かつて教祖と呼ばれた白髪の女は、静かに語る。
「舞台を……つくるためですわ。永遠に幕の降りない舞台を……」
*
ついに取り壊しの決まった白音堂を、最後にもう一度訪れようと提案したのは、意外にも無咎の方であった。
「なあ無咎どの。以前ここですれ違った若い未亡人を覚えているか?」
前回よりもゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように山道を登りながら、玄晏は赤い背中に問う。
「ああ、いたな。夫の声が聞こえなかったと言って、泣きながら山を降りていたご婦人が」
「それが不思議なのだ。あの教団は、老若男女すべての人間の声を演じられる。それなのに、なぜご婦人の御声聞きは失敗したのか。もし他にもあのような失敗例があるのなら、奴らを糾弾する声がもっとあっても良いはずだが」
無咎は適当にまとめた髪を揺らしながら、軽快な足取りで答えた。
「糾弾なんて起こるはずがない。彼女たちは御声の代わりに、最も望んでいた言葉を得たんだからな」
「……どういうことだ」
即座に答えを求めたが、無咎はなかなか教えてくれない。
「今のあんたなら、もうわかるだろう。先に言っておくが、夫以外の御声を聞いたわけではないぞ。彼女は間違いなく『御声聞き』で誰の声も聞けずに白音堂を去ったんだ」
「……ということは、何の収穫もなかったということだろう。わざわざあの場所へおもむいて、御声以外に何を望む?」
無咎の言い分によれば、あの婦人は御声聞きの失敗に、落胆するどころか満足していたことになる。
何とも奇妙な矛盾だが、実は玄晏も薄々同じことを思っていた。
あの時、彼女の表情はどこか晴れやかで、足取りもしっかりしていたからだ。
しかし、であればあの“涙”の意味は────?
歩きながら考え込む玄晏に、無咎はついに足を止めて振り返った。
「人は真実ではなく“信じたいもの”に飛び付く。そして、名役者揃いの白音堂は、どんな“死者”も演じられる。だが奴らは、あえて夫の声を聞かせなかったのさ」
無咎の涼やかな瞳をじっと覗き込んだあと、玄晏ははっと膝を打った。
「ああそうか!声が聞こえないということは……つまり夫は“死者”ではない。教団は、あの婦人の夫が『まだ生きている』と伝えたのだな」
無咎が満足そうに口角を上げた。
「正解だ」
彼女の夫は二年前、山に入ったきり消息を絶っているという。
婦人は帰りを待ち続け、必死に捜索もしていたが夫は見つからず、半ば未亡人として日々を過ごしていた。
帰らぬ夫を弔う日々の中で婦人は思った。
『せめてもう一度話したい。死んでいるのならば、亡骸を見つけて供養してやりたい』
そんな切実な思いを抱えて、白音堂の門を叩いたのだ。
「しかし、それではあのご婦人はもう二度と白音堂を訪ねないだろう?あの教団が、みすみす信者を逃すような真似をするだろうか」
「一時的に夫を演じるだけなら容易いだろうが、行方不明者の場所なんざ知るわけがない。厄介な客には、さっさと帰ってもらった方が得策だ。あの手の集団は一見誰にでも門戸を開いているように見えて、その実、相手を選別しているんだ。が……」
いかにも筋の通った答えを口にしたと思えば、最後は言葉を濁す無咎。
玄晏はその複雑な沈黙を察したように、自らの推論を繋げた。
「貴殿が明かしたように、巧みな話術を持つあの教団なら、いくらでも言いくるめられたはずだ。『気づいたら黄泉の国に来ていた。どこでどう死んだかは覚えていない』とでも言って」
「ああ。あえてそうしなかったということは、やはり教団にとって、信者は単なる金づるではなかったんだろう。奴らはただ、あの“観客”に最上の夢を見せたかったのさ」
どこか割り切れない思いを胸に残したまま、玄晏は再び歩き出す。
今この時もあの婦人は、夫がどこかで生きていると信じ、その帰りを待ち続けている。
しかし現実は────すでに夫は亡くなっていて、深い山のどこかで、今も妻との再会を静かに待ち続けているのだとしたら……。
────これほど残酷な“夢”があるだろうか。
彼らの目前を、やわらかな春風に乗った一匹の白蝶が、ふらりと舞っていく。




