賊 2
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陳武は焦っていた。
腕に自信はあった。
孫権達に出会った時に対峙した程度の相手だったら、この状況でも相手を何かしらの方法で撃退することはできただろう。
しかし今回の相手はその比ではない。
隣に来た気配だけで分かった。
大柄の陳武さえも上回る体躯。
隣にいるだけで伝わる、圧倒的圧。
死地をいくつも超えて来たのだろう、抑えきれぬほどの殺気。
身体に触れているわけでもないのに、切られたかのように感じる刃先。
手綱の握る手にじんわりと汗がにじむ。
しかし後ろにいる二人は何とかしても守らなければいけない。
そうだ、二人は今どうしている?
そう思って陳武が後ろに振り返ろうとした時だった。
「やめろ。脅すな」
馬車の屋根から再び声がした。
この緊張感の中、その声がやけにのんびり聞こえたが、呼ばれた隣の男はその声に反応するようにすぐに剣を引いた。
「俺たちは『乗せて貰って』るんだ。そう怖がらせるな」
未だに殺気立った隣の男とは反対に陽気で穏やかな声。
「何だ、行きたいところがあるのか?」
声に呼応するように孫権が答える。
この緊張感の中、まるで街中で話でもするように話す孫権。
その孫権の話しぶりに軽く笑ったような息遣いの後、陽気な声が続いた。
「ええ、ちょっと怪我をしちまいましてね。医者に診てもらいたくて」
「馬車に乗らないと動けないほどの怪我なのか?」
「まぁ、ええ」
その言葉に施然が孫権に疑いの目を向ける。
しかし、言葉の合間に息切れが漏れているのを孫権が確認し、おそらく本当だ、と施然に視線を返す。
「そんな酷い怪我なのに何故木の上になんか上っていたんだ?」
「おや、見えていたんで?うまく隠れていたつもりなんですがね」
「馬車の屋根に乗るのなら先ほど通り過ぎた木から飛び移るしかないだろ?」
「……中々聡明でいらっしゃる」
なんだか嬉しそうな声で返事が返ってくる。
その声に孫権も続けて声をかけた。
「怪我をしているんだったら屋根の上になんかいないで、こっちに来ないか?」
孫権の言葉に慌てて施然が袖を引っ張る。
そんな危険なこと!とばかりに首を振る自然を他所に孫権がさらに続けた。
「そこは寝心地が悪いだろ。それに応急処置ができるならできる範囲でしてやろう」
「そう言ってくれるのはありがたいんですがね」
言葉と同時に屋根から「トントン」と指で叩く音が聞こえる。
それに反応するように大男が陳武に言う。
「もっと速度を上げろ」
「何だ、急に」
「追手だ」
陳武の言葉に孫権が答える。
「蹄の音からして十体ほど、しかし……」
「私たちの追手、というよりは……この辺の賊でしょうか?」
後ろを振り返った施然が敵を視認する。
「正解ではずれ、といったところっすかね」
屋根の上から弓をはじく音が聞こえる。
話しかけてくるまでは完全に音も気配も消していた。
馬車の屋根にいつ飛び乗ったかもわからないほどだった。
その事に改めて施然がぞっとする。
もしこの相手が自分達を狙う追手だったのなら、とっくに殺られていた。
だからこそ孫権も、相手を敵とみなさなかったのだろう。
「ちなみに答えは……」
声と同時に後方の敵に向かって矢が飛ぶ。
それは一度に複数飛ばしているのではと見まごうほどの早業で、視界が一気に矢で埋め尽くされた。
「俺たちへの追手っす」
言葉と共に、そのまま事切れたように屋根の上に倒れこむ。
追手は馬の上から全て射落とされていた。
「兄貴!」
陳武の隣に座っていた大男が、急に立ち上がる。
「急に立ち上がるんじゃねぇ!お前みたいなでかい男が立ち上がったら馬車が倒れる!」
思わず陳武が叫んだところで、はっとした大男がその場に座る。
が、
「兄貴の様子が見たい」
そわそわと落ち着かない様子で陳武に言う。
先ほどのまでの殺気がどっか吹っ飛んだかのように、大男は陳武の様子を伺っていた。
「俺が代わりに見てきてやる」
いうや否や孫権がさっと身を乗り出し、屋根に乗り移る。
屋根の上で倒れた男は、意識がないにもかかわらずしっかり屋根の上にしがみついていた。全ての動きが大男も合わせてただものではない。
さっきの追手といい、正体は気になるものの目の前の怪我人を放っては置けない。
「お前の兄貴は気を失っているだけだ。でも酷い怪我だな。落ちないように俺が抑えているから早く医者に診せた方がいい」
「孫権殿はそこで大丈夫ですか?」
「大丈夫、それに相手も」
「兄貴は馬車から転げ落ちるようなへまはしない」
孫権の言葉にかぶせるように大男が言う。
しかしその手は欠陥が切れそうなほどに固く握りしめられている。
「兄貴が心配なんだな」
言われて大男が子供のようにこくりと頷いた。
「なるべく早く馬を飛ばしてくれ、陳武」
孫権が言い、陳武は呼応するように馬車の速度を上げた。
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