本編39
「ショウさん、これなに?」
夕食後、風呂上がりのハルが俺のデスクを見ながら問いかけてきた。
無造作に書かれたメモ用紙に、髪からポタリと雫が落ちる。
「ああ。大学の時の友達の研究に、参加しないかって誘いだったんだよ」
特に気にせずテレビに目を向けたまま答えると、ハルはその紙をちぎって俺の横に座った。
「これ、これどんな研究?」
珍しく興味を示すハルは、前のめりになってテーブルにメモを置く。
「書いてある通りだよ。現代の人間を未来に飛ばせるか?って実験。多分、ほぼ確実に死ぬぜ」
言葉通り。
命の保証は無いし、むしろ命捨てるようなもんだ。
金なんて、命がなきゃ何の役にも立たねえよ。
…家族や大事な人に、どうしても渡したいって特別な事情があれば別だけどな。
鼻で笑えば、ハルは静かにメモに視線をやった。
「でもこれってさ、成功したら未来の、人の役に立つかな?」
「そりゃな。多方面で役に立つんじゃねえか?」
成功すれば、な。
それこそ細胞の研究や、薬の開発、医療の進歩も望めそうだ。
ただ、百発百中で死ぬだろうけどな。
だって、怪しい容器に入れられた人間が5年。
飲まず食わずで宇宙を漂ったらどうなる?
普通に考えて、干からびたミイラ化決定だろ。
……でも、俺はここで回答を間違えたんだ。
今でも後悔している。
「なら、俺参加したい!」
「は?」
ハルは目を輝かせながら俺を見た。
その瞳はとても嘘を言っているようには見えず、むしろ希望のような光を宿していた。
……コイツ、何言ってんだ?
俺はテレビを消して、ハルに向き直る。
「お前、話聞いてたか?ほぼ100%死ぬんだぞ」
自然と声が低くなるのがわかった。
兄貴と姉さんの、そして俺の宝物。
引き取ってから、俺なりに大切にしてきた。
生活は底辺かもしれないけど、愛情は注いだつもりだ。
「うん、ちゃんと聞いてたよ」
「なら、なんでそんな事が言えるんだよ!」
思わず声を荒らげる。
研究に参加したいってことは……
……死にたい、って言われているようなものだった。
だってそうだろ。
ほぼ確実に助からないって明言した上での発言だ。
そんなこと、本当の息子のように接してきたハルに、言われたくなかった。
言わせたくなかった。
「……ごめん」
言葉が強くなってしまったことを謝れば、ハルは俯いて膝の上で握った拳を震わせた。
「俺さ、」
ぽたり、ぽたり。
拳の上に、涙が次々落ちる。
抱きしめようと両手を伸ばすも、その肩に触れることは無かった。
「俺、気づいてるよ」
……ああ、いつの間に、こんなに大きくなったんだ。
あの日、お前を抱きしめたあの日。
同じように泣いていた。
なのに、何故だろうか。
無意識に、あの日のように抱きしめることを躊躇った。
空ぶった手は、宙ぶらりん。
弧を描くように落ちていく両手に、あの頃の温かさはもう戻らない。
「自分が、残りわずかの命だって」
ハルが、俺が。
廊下で聞いていた涼が。
それぞれ自分の無力さを、痛いほど感じていた。




