本編38
大学時代の旧友・大橋彼方から連絡が来たのは、2人が中学生になった頃だった。
当時俺は勤めていた印刷会社を退職し、趣味だった写真を仕事にしようと、写真家に転職してから数年。
写真の手直しや現像なども手がけていたから、ほとんど家にいた。
…だから、突然の着信に迷いもなく応答した。
「大橋か。急にどしたん?」
『実は大学の研究サークルで実験に協力してくれる人が必要でさ。もし心当たりあったら教えてくんないかなーと思って』
俺は適当にメモとペンを取り、スマホを耳と肩にはさむ。
『研究概要としては、時空超える系』
「はあ?」
告げられた言葉に、心の底から変な声が出た。
相変わらずぶっとんでんな…。
大橋は、大学時代から宇宙工学や過去未来の研究をしていた。
その関係で院に進み、沖縄の宇宙機構に就職したと聞いている。
東京と沖縄でお互い忙しく、なかなか会えないものの、たまに近況連絡はとりあっていた。
もちろん、引き取った双子のことも、今の生活も知っている人物だ。
『まあまあ。今回、とある大学との共同研究でさ。人間を未来に飛ばすんよ』
「……俺と同じ次元の話をしてくれないか?」
本当に意味不明だが、とりあえず話は聞いた。
大橋の勤め先で開発した機体に生身の人間を乗せる。
それを機械ごと宇宙に飛ばし、数年後に地球へ戻す。
そこで、中の人間が無事に帰ってくるか試したい。
安全と命の保証は無いが、その分金銭の見返りは大きい。
命より金が欲しい人がいれば是非。
要約すると、こんな感じだ。
聞く人が聞いたら、キレられるぞ。
命より大切なもんはねーだろって。
『どう?誰が心当たりある?』
「あー…………」
俺はペンを止めて少し考える。
金銭って、どれくらい発生するんだろうか。
俺一人の命で、アイツら2人分養っていけるくらいあるんだろうか。
ふと、そんな想いが頭をよぎった。
正直、今の生活は2人に満足させてやれてるとは思えない。
流行りのゲーム機も、にぎわうテーマパークも。
小学校の修学旅行だって、行かせてやれなかった。
もちろんハルの体調のこともあったが、それが無くても金が出せなかっただろう。
リョウも、ハルが行かないならいい、って言って…。
家庭のこともあるし学校がリョウの分だけでも負担して行かせたらどうかと提案してくれたが、本人が頑として拒否していた。
……そりゃ、1人だけ特別扱いは嫌だよな。
そういう思いを、これからずっとさせるのか……
数年前から、ひしひしと感じていた。
少なくとも、高校生になって自身でアルバイトをしなければ、自由に使える金は手に入らない。
小遣いだって、渡してやれない。
「……俺、ちょっと興味あるかも」
そう呟けば、大橋がため息混じりに返答する。
『え?お前はダメだろ、双子どうすんだよ』
少なくとも5年は帰れねえぞ。
実験の進捗によっては、それ以上だ。
そう付け加えた大橋に、やっぱそうだよなあ、と返す。
少なくとも、高校卒業までは…。
保護者の存在が無いというのは、何かと不便だ。
それに約束した。
アイツらの両親が帰ってくるまで一緒にいるって。
あの日、あの病院で。
少なくとも、自分から巣立っていくまで俺がアイツらの居場所を潰す訳にはいかない。
『まあ、来年夏の計画だから。頭の隅に置いて、良さそうな人いたら連絡してくれ』
「おう」
切れた電話の虚しい音だけが響く。
多分、いねーけどな。
命あげるから金ください、なんて猛者。
……にしても怪しい研究してんな。
「はあ……」
俺はメモをそのままにして、仕事へ戻った。




