第9話:暗号領域の罠
紫色のノイズ空が広がる『裏アキバ』の街並み。
スマホのARマップが示すナビに従い、私はコンカフェ『ステラ・リリス』への悪意が展開されている裏路地エリアへと足早に向かっていた。
「……見つけた!」
広場の中央に揺らめいていたのは、前回の『フェイク・トリガー』とは明らかに密度の違う、禍々しいジャンクと泥の塊だった。
黒くドロドロとしたカルマ(因果)の巨大な集積。
その表面には、何重もの南京錠のアイコンが重なり合い、周囲には『ステラ・リリス』の捏造されたハッキングログやキャストの写真が、歪んだノイズの鎖となって激しく明滅している。
圧倒的な悪意の質量……。
だけど、今の私なら自分の腕だけで倒せるはず。
(大丈夫。手際よく核を切り落とせば、一瞬で終わる……!)
私は迷いなく、右手のスマホを勢いよくフリックする。
『抗生プログラム展開――コード、トレース』
空間を切り裂いて手元に実体化する青緑色の光剣。0と1の光列を激しく明滅させながら、私は全身の無駄な力を抜いて、前傾のままで一気に間合いを詰める。
体操で培った踏み込みからの、流れるような一閃。
概念自体を切断するバイナリーエッジが、黒い巨体を真一文字に両断する。
手応えあり――取った!……そう確信した、次の瞬間だった。
――ガガギギギギギギッ!!
切り裂かれたカルマの傷口から、信じられない光景が弾けた。
「――えっ!?」直感で危険を感じ、無理やり身体を後ろに倒しバク転しながら、カルマの黒い逆刃を躱す。
だが、切断された泥の塊の切断面からは、無数の『クソリッパー』が湧き出し、さらに黒いコードの鎖となって、獲物を捕らえるように絡みついてきた。
「くっ……、離れ…てよっ!」
必死に剣を振るおうとするが、重厚なコードの鎖が両腕を強く締め上げる。
それと同時に、手元のスマホから激しい警告音が鳴り響いた。
『警告:不正プログラムの逆流を検知。偽のハックログ拡散速度、300%に増加』
「……嘘…でしょ……」
カルマに対しての切断をトリガーにして発動する、悪質極まりない増幅トラップ……。
攻撃したことでかえって偽の情報拡散が激化し、ウイルスが拡散される明らかに人為的な手口。
(なんでこんな…、私が……逆に炎上を加速させたっていうの……)
血の気が引いていく……。
誰かが仕掛けた卑劣な罠に、手も足も出せない。
「ぐっ…ぅ……」私の全身を縛り上げる黒い鎖が、容赦なく身体に食い込んでいき、黒いコードが首を伝って流れ込んで意識を徐々に削り取っていく。
抵抗する術を奪われ、手から滑り落ちたバイナリーエッジから光の粒子が霧散していく。ドサリと膝から崩れ落ちる私を囲むように、増殖した無数のクソリッパーが、刃物のようなハサミをジャキジャキと鳴らしながら迫ってくる。
「私…こんな簡単に…死ぬの……?」
そして、闇の空間に視界は遮断された――。




