第8話:静かな夜と、炎上の前兆
すっかり日が落ちた秋葉原の街。
『アングラ堂』の店内には、いつものように古い真空管アンプの微かな唸りと、レトロなジャズの曲が静かに流れていた。
「ふぅ……今日の営業も終わり、っと」
私は入口の札を『Close』へ戻し、レジカウンターの周りをサッと掃除する。
「お疲れ様ぁアカリちゃん。今日も一日ありがとねぇ〜」
「店長もお疲れさまです。……その怪しい『何とかゲーム機』、結局全然お客さんに見向きされませんでしたね?」
「うぐっ……! か、海外の熱狂的なマニアがヘックスで反応してくれてるから! これからだからァ!」
「はいはい、期待しないで待っておきますね」
いつものように呆れつつ軽口を叩き合う。
けれど、私の心の中には放課後、ホタルと見たあの光景――
コンカフェ『ステラ・リリス』のキャストの女の子の不安げな顔がチラついて、どこか引っかかったまま頭から離れなかった。
(……気になっちゃって、あの後も調べたら噂が徐々に増えてたし……)
レジカウンターの隅でそっとスマホを取り出してSNSヘックスを開くと、タイムラインのトップに『緊急速報』のトレンドタグが躍り出ていた。
『【速報】アキバの人気コンカフェ『ステラ・リリス』公式HEXが乗っ取り被害!?』
『予約システムがハッキングされ全キャンセル発生中www 裏社会との繋がりを暴露する謎アカウントも開設される』
「……っ!ハッキング!?」
目を見張る視界には不自然な勢いと、吐き気がする程の悪意が流れている。
昼間見た些細なデマは、ほんの「撒き餌」に過ぎなかったのだ。
画像付きの捏造記事、予約システムへの不正アクセスと乗っ取り。手法が手慣れすぎている。これは単なる素人の悪ノリなんかじゃない。
(……私の家族を壊した、あの拡散グループと同じやり方だ……)
ドクン、ドクン、と止まらなくなる胸の奥の嫌な動悸が跳ねていく。
「アカリちゃん? どしたの、そんな顔して」
私の様子に気づいたのか、店長がいつものユルい表情から、少しだけ目を細めて声をかけてくる。
「……店長。また、アキバでひどい炎上が始まってるみたいです。今度は『ステラ・リリス』っていうコンカフェ」
「ふむぅ…ちょっとスマホ借りるよ」
私がスマホを渡すと、店長は丸眼鏡の奥の瞳をわずかに光らせ、静かに画面をスライドさせていく。
「ハッキングと乗っ取りも同時に起きてて……明らかに狙ってやってますよ」
「確かに、手口が手慣れすぎているね……。単なる愉快犯じゃない、これって多分……」
「えぇ…。だから私、ほおっておけなくて……」
スマホを受け取るとそれを握りしめ、力強く言い切る。
「だって、また誰かの大切な居場所が、身勝手に踏みにじられようとしてるんです。今の私なら、この火消しもできるはずです!」
「アカリちゃん、前にも言った。焦りは禁物だよ。まずは相手の出方を――」
「大丈夫です、だから今回は私に任せてください。『アングラ堂』の実力を見せてやりますよ!」
店長の制止を振り切り、私は店の奥へと足を進める。
大丈夫、あの時とは違うんだ……。
大切な日常を守る力が、今の自分にはあるんだから――。
スマホの画面から『Ur-Akiba Gate』のアプリを起動する。
(待ってて……私が、絶対に火消ししてあげる)
静かな決意を胸に『裏アキバ』へと繋がる賢者の扉へと私は向かった。




