第11話 道化師と、不死者の戯れ
――サンジェルマン伯爵 それは『不死の錬金術師』と呼ばれる歴史上の人物。
……だった人間。
ひとつひとつが宝玉と呼ばれる程の宝石を散りばめた豪奢で、気品が嫌でも伝わる服に身を包み、スティックを支えにビルの屋上に立っている。
到底、現代の秋葉原には不釣り合いなその出立すら、彼が纏う空気と信じられない程のプレッシャーによって掻き消されていた。
店長に比べれば、まだヒヨッ子な賢者の私でさえ分かる、
『あの不自然な男に関わるのは危険』だと……。
「最後にロンドンで交えてから、二百年は経つだろうか? 君の現代の装いもなかなか似合っている……懐かしい顔を見つけ、思わず童心が弾んでしまったよ」
サンジェルマンはクスクスと優雅に笑いながら、ビルの端から空中を歩くようにゆっくりと地上へ降り立ってくる。
「伯爵…何の用ですか。貴方が表に姿を現す時は、碌なことが起きない」
店長はいつものユルい雰囲気を消し去り、ゆっくりと眼鏡を外すと、見たこともないほど冷徹な眼光で男を睨みつける。
「まぁ、そう言わんでくれたまえ。これでも道化師の端くれ、皆に『楽しんで頂けるよう』随分苦心しているのだ」
伯爵の視線が、店長の背後にいる私――アカリへと向けられる。
「それに…今日は新しい『玩具』の出来を見に来ただけなのだよ……」
ただ眼を向けられているだけなのに、心臓が凍りつくような錯覚に襲われる。こんなのは蛇に睨まれた蛙どころじゃない。魂を根こそぎ覗き込まれているような、悍ましい感覚がまとわりつく。
「……っ…ぅ……」
私は睨み返してやろうと抵抗するが、さっきまでの戦闘でなまじ感覚が鋭く成り過ぎているが仇となって、あの不気味な男の齎す影響から逃れられない。
だが、店長が庇うように私の前へ出て、その直接的な視界を遮るとサンジェルマンのプレッシャーから徐々に解放されていく。
「あまり…ウチの弟子を、イジめないで頂けますか」
「ふむ…。そのようなつもりは無かったが、怖がらせてしまったようだね」
困ったような顔を作りつつ、口角が上がったままのサンジェルマン。
店長は静かに横へ手を広げて、私を制す。
「いいかい、今はボクの背中から離れてはダメだ」
店長の短い詠唱と共に、周囲が一変する。
――コード、トレース……『黒の歪曲』
店長を術式で、濃密な紫電の粒子にとてつもない重力場が展開され、サンジェルマンの足元が歪曲し、周囲の空間ごと押しつぶす程のGが襲いかかったが……。
『パチン――!』
しかしそれは伯爵が指を一度鳴らしただけで、空間を歪曲するはずの重力場が、煌びやかな「宝石状の結晶」へと変質し、砕け散ってしまった。
「相変わらず素晴らしい重力干渉だ……。しかしねぇ、宵闇。君のこの術式は以前と何も変わっていない。これでは退屈だよ…」
サンジェルマンは残念そうに息を吐くと、こちらへと歩みを進める。
目の錯覚か『ただ歩いているだけ』なのに、その速度は速いなんてもんじゃない。
「お気に召さなかったのは残念です。が、本当に…そうですか?」
それに対して店長も表情をまったく変えない。
サンジェルマンによって結晶化した筈の粒子が再び収束を始めると、紫色のコードの閃光が八方周囲から再び激しく彼に放たれる。
「ム……」それは想定外であったのか。サンジェルマンはマントを翻すと、手品の様に無数のダイヤをその手に現し、無造作に放って周囲に展開する。
『パチン――!』
そして、その音と共に襲いかかる黒の閃光を、ダイヤが全てを受けて弾けた。
「これは失礼した……。やはり、君は世界にとって危険で素晴らしい。アイザックがその才を称賛したのも頷けるというものだ……」
サンジェルマンから、この上ない賛辞が続く。
「これは楽しませてくれた、ほんの礼だ――」
その裏で閃光によって弾け宙に舞ったダイヤが、僅かずつ視界外の遥か上方で形を複数の投擲槍へと変え、店長の弱みと見たアカリに放たれた。
「そう何度も、好きにさせませんよ……」
その言の違和感に気づいた店長も逆手で紫色のバイナリーエッジを展開させると、槍の射線を変えるように最小限の動作で振るい、破片となった槍は地に突き刺さる。
店長が剣を抜くのは久しぶりに見たけど、やっぱりスゴイ……。
「ほっほ、やりますなぁ……では次は、もう少し――」
でも、私だって、やられたままじゃないっ!?
サンジェルマンが再びこっちに攻撃を繰り出そうとする意図に気づいた私は、考えるより先に身体を動かす。
店長の背後から僅かな隙を狙って、地に刺さったままにしていたバイナリーエッジを術式で引き抜き、それをそのままサンジェルマンに向けて投擲する。
「――このぉおっ!?」
質量の無い青緑の光はコードの軌跡を残しながら壮年の紳士に直撃した、がしかし光剣が逆に微塵に砕け散り、霧散してしまった。
「ウソ、あんなの反則……」
だが、私のその行動に意表をつかれたのか、伯爵は片目だけを剥く。
「……ほほう?」
そして、サンジェルマンは追撃の手を止め、目を細めると私を見下ろした。
そのまま追撃されると覚悟していた私に、彼は攻撃を繰り出すどころか、これまでのプレッシャーや敵意が急に消え、興味深そうに顔を近づけてくる。
「……君も、実に美しいカオスが宿っていますねぇ」
「な……に……」
店長が更に術式を再展開しようするも、サンジェルマンはふっと身体を引く。
「……伯爵、女性の顔を覗くのは失礼ですよ。離れてもらいましょう」
「それは残念。だが、今はやめておこう……。せっかく見つけた『極上の種子』を、ここで摘んでしまうには、あまりにも惜しい」
伯爵は胸に手を当て、優雅にお辞儀をしてみせる。
「今日は実に楽しかったよ、宵闇。そして……マドモワゼル。君がこの後、どう咲いて見せるのかを傍らから見物させてもらうとしよう」
そう言うだけいって伯爵の姿は、夜の闇の中に溶けるよう霧散していく。
あとに残されたのは、不気味な静寂と、彼の残した奇妙な気配だけだった。
「アイツ……何なの……!?」
思わず気持ちが吐露し、私はその場にへたり込んだ。
命は助かったけど……胸の中に残るのは、勝利の安堵ではなく、サンジェルマン伯爵の不気味な笑顔だけが、私の脳裏に強く焼き付いていた。




