【第三巻】第七章 消えていく音(一)
穂月十日の朝は、広場の歌うたいの声で始まらなかった。
始まらなかった、という否定形でしか書けない朝である。いつもなら、朝市の立つ刻限に、広場の隅で盲目の歌うたいの婆さんが古い謡を流す。二年間、雨の日以外は欠かさずだ。街の朝の音の目録では、パン屋の呼び声と時計塔の鐘の間に載る、決まった一行である。決まった一行が欠けた朝の据わりの悪さというものは、経験した者にしか分からないだろうが、強いて例えるなら、毎朝挨拶を交わす相手の顔から眉だけが消えていた、というくらいの、静かで根深い据わりの悪さである。何が欠けたか一瞬では分からず、分かった後は、それしか目に入らなくなる。
その一行が、今朝は白紙だった。
様子を見に行くと、婆さんは定位置にいた。いたのだが、歌っていなかった。膝に琴を載せたまま、困った顔で首を捻っている。
「どうした、婆さん」
「いやあ、それがね、兄さん。出てこないんだよ」
「出てこない?」
「『麦の穂の謡』さ。五十年歌ってきた歌だよ。それが今朝、二番の頭からね、ぽっかり消えちまってる。年かねえ。歌詞ってのは、こんなふうに、櫛の歯が欠けるみたいに抜けるもんかね」
「一番と三番は」
「出るんだよ。すらすらとね。だから余計に気味が悪い。年で忘れるなら、端から薄くなるもんだろ。真ん中だけ、綺麗に、四角く抜けてる。こんな忘れ方、七十年生きてて初めてだよ」
「二番は、どんな歌詞だったんだ」
「それがね、兄さん」
婆さんは、見えない目をこちらに向けた。
「――思い出せない、って言おうとして、気づいたんだがね。あたしゃ、二番があったことは覚えてるんだ。歌えないだけでね。あったことまで忘れてたら、困りもしなかったろうに」
あったことは覚えている。中身だけが抜けている。
塗り潰された頁と、同じ構造である。
五十年歌った歌の二番が、一晩で抜ける。
年のせい、と言ってしまえばそれまでである。それまでなのだが、俺の帳簿は「それまで」で頁を閉じる訓練を受けていない。抜けた歌詞の欄に、俺は付箋を一枚立てた。
付箋は、昼までに三枚に増えた。
二枚目は、金物屋の看板である。「カジ・金物」と彫って墨を入れた古い看板の、墨が、妙に薄い。金物屋は首を捻った。
「先週、雨に打たれたかねえ。いや、でも、彫りの中の墨だよ? 五十年もった墨が、雨で薄くなるかね」
三枚目は、マルグリット婆さんだった。婆さんは焼き場の前で、レシピを書いた古い板を睨んでいた。
「香草の分量がね、読めなくなっちまってる。姑の代からの板なんだけどね。まあ、手が覚えてるからいいんだけど、読めないとなると、妙に心細いもんだね」
歌の二番。看板の墨。レシピの板。
三枚の付箋を並べて、共通項を取る。古いこと。文字か、音であること。そして――どれも、昨夜から今朝の間に起きていること。冥府の川の水を飲んだ者は、生前の全部を忘れるという。あちらは、飲んだ本人が忘れる。こちらは、歌の方が飲まれて、忘れられている。順番が逆なのが、気味が悪い。
三つ数えたところで、俺は資料室に出勤した。出勤して、四枚目に出会った。
書記のひとりが、青い顔で書架の前に立っていた。
「――昨日写した控えが、薄いんです」
「薄い?」
「インクが。昨日はちゃんと黒かったんです。今朝見たら、まるで十年前に書いたみたいに褪せてて。……こんなインク、支給品にありません」
アルヒフが呼ばれ、眼鏡が二度掛け替えられ、褪せた控えは日光と湿気の検分にかけられた。結論は出なかった。結論は出なかったが、老人は検分の最後に、褪せた頁を持ったまま、しばらく黙った。黙って、それから、誰にともなく言った。
「……パリンプセスト、というものがございましてな」
「ぱりん?」
「羊皮紙の再利用です。羊皮紙は高価ゆえ、昔の人は、古い文字を削り落として、上から新しい文を書いた。削られた下の文字は、消えたように見える。見えるが――消えてはおりません。光の角度によって、削り痕がうっすらと浮かぶ。書庫にはそういう羊皮紙が何枚もあり、我々は下の文字を『幽霊文字』と呼んでおります」
「消しても、残るんですか」
「消す、という行為はですな、サイキ殿。実は大変に難しいのです。墨で塗れば、塗った事実が残る。削れば、削り痕が残る。燃やせば、燃やした灰と、燃やしたという記憶が残る。……完全に消すには、消した痕跡ごと消さねばならん。それができた例を、私は書庫の三十万冊の中で、一度も見たことがありません」
老人は、褪せた控えを窓の光に透かした。
「――だからこそ、これが気に入りませんのでな」
「と、いいますと」
「この褪せ方には、痕跡がない。日焼けなら焼け斑が出る。湿気なら滲みが出る。これはただ、均等に、静かに、薄い。……まるで、インクから音が抜けたような褪せ方です」
インクから、音が抜ける。
書庫の老人の比喩は、比喩のつもりだったのだろう。だが俺の帳簿は、その一行を比喩の欄に入れなかった。歌から二番が抜け、看板から墨が抜け、板からレシピが抜け、控えからインクが抜けた。抜けた場所を線で結ぶと、街の地図の上に、ゆるい弧が描ける。弧の中心は――南区。文書蔵のあたりである。
資料室を出たところで、屋根の上から鈴が鳴った。
トリルが、ギルドの向かいの軒に腰掛けて、街を眺めていた。眺めている、というより、聴いている顔だった。
「よう、白湯の旦那。……聞こえるかい」
「何がだ」
「今朝の街さ。歌が一行、足りない」
降りても来ずに、道化は屋根の上から言った。
「広場の婆さんの謡だろ。二番が抜けた」
「それだけじゃないよ。井戸端の女たちの数え歌も、今朝は途中で止まってた。革工房の仕事唄も、二番の入りで皆が顔を見合わせてた。……抜かれてるのは、婆さん一人の頭じゃない。この街の歌から、同じ場所が抜かれてるのさ」
「同じ場所、というのは」
「さあね。あたしも今、数えてる最中さ。ただ――抜かれてる歌は、どれも古い。この街より古い歌ばかりだ」
トリルの指が、帽子の鈴を包んだ。鳴らさないための、あの手つきである。
「旦那。あんたの大事なものは、紙かい、音かい」
「……両方だな」
「なら、両方とも、早めに数えておくんだね。数えてないものは、減っても気づけないよ」
まだら服は、屋根の向こうへ消えた。数えてないものは、減っても気づけない。道化の忠告は、今日も帳簿の言葉で飛んでくる。
夕方、俺は帳簿の整理を口実に、街を一回りした。
ゴルドー組の酔っ払い街道は、今夜も上機嫌に機能していた。文書蔵の裏の路地から、調子外れの鼻歌が聞こえる。あれが聞こえるうちは、あの一角の夜は生きている。
問題は、音の穴のほうだった。
二つあった穴のうち、南の穴が――消えていた。
消えた、というのは、塞がったという意味ではない。穴の気配ごと、なくなっていた。音を消して歩く者が、音を消すのをやめたか、あるいは、もっと上手になったか。二択なら、後者に賭ける。賭けたくないが、賭けの相場はそちらに寄っている。
そして北東の穴は、まだあった。渡り鳥亭の方角に、静かに、同じ深さで。
二人の消音者。片方は腕を上げ、片方は動かない。
動かない方が見張りで、腕を上げた方が――本番、か。
宿に帰ると、あいつが資料の五枚目を書いていた。明日の聞き取りに備えて、である。机の端には、母の歌の歌詞を書き取った紙もあった。「先に生まれた」の版である。
「今日の街、なんか変じゃなかったか、ヨウタ。稽古の帰りに広場を通ったら、婆さんが歌ってなくてさ」
「歌詞を忘れたそうだ」
「珍しいこともあるんだな。あの婆さんの謡、俺、子供の頃から同じのを聞いてる気がするのに」
同じのを聞いてきた歌が、今朝から同じでなくなった。その違いの意味を、あいつはまだ知らない。知らないままでいられる時間が、あとどれだけあるのかを、俺は暗算して、やめた。暗算の答えが出る前に、手を動かしたほうが早い。
「なあヨウタ、聞き取りって、歌のことも話していいのかな」
「話していいだろ。むしろ話せ」
「そうか。……じゃあ、忘れないうちに、全部書いとく」
全部書いとく。
何気ない一言が、今日に限って、妙に重く聞こえた。
書いたものは、褪せることがある。歌ったものは、抜けることがある。今朝の街が、それを三枚の付箋で教えてくれた。
忘れないうちに、ではない。――消されないうちに、だ。
俺は自分の写本の進み具合を、頭の中で数えた。歌帳六冊のうち、写し終えたのは、まだ一冊半である。




