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【第三巻】第二章 凱旋の請求書(一)

 凱旋というものには、古来、作法があるらしい。

 曰く、都の大門から入ること。曰く、戦利の品を高く掲げること。曰く、群衆の歓呼には片手を挙げて応え、決して両手を挙げないこと――両手を挙げるのは降伏の作法だからである。どこで仕入れた知識かといえば、王都の書庫の入り口に飾ってあった古い絵の説明書きで、つまり俺は、凱旋の作法を立ち読みで学んだ男ということになる。

 その知識が役に立つ日が来るとは思っていなかった。

 穂月二日の昼過ぎ、辺境都市モトリーの東門は、俺の見立てで平常時の三倍の人口密度に達していた。

「白光だ! 白光の旦那が帰ったぞ!」

「A級だってな! 王都で優勝したって本当かい!」

「旗を見ろ、鈴の輪の旗だ!」

 群衆の先頭で麦酒の親父が樽を叩き、樽の上で誰かの子供が跳ね、跳ねた子供を親父が片手で受け止めた。曲芸である。門の詰め所の衛兵まで敬礼の姿勢を取っていて、あの衛兵は確か、二年前に俺の身分照会で半日悩んだ男である。人の出世とは、他人の敬礼の角度で測れるものらしい。ちなみに敬礼の先はあいつであって、俺ではない。角度の計測は他人の分だけで済むので、気楽なものだ。

 あいつは――律儀なことに、片手だけを挙げて応えた。

「皆、ただいま! 留守の間、ありがとう!」

 歓声が倍になった。俺は半歩下がって、荷物の紐を確かめた。この立ち位置の取り方も、二年で堂に入ったものである。凱旋する将軍の車には、耳元で「あなたも死ぬ」と囁き続ける係の奴隷が乗っていたという。あいつの場合、囁く係は荷物持ちで、囁く中身は「荷の紐が緩んでいる」である。将軍より、実用的な凱旋だ。

「白光の旦那! 優勝の一撃ってのはどんなんだった!」

「六十七合の末の手首返しだ! いや、俺の話より、決勝の相手が凄い人でな――」

「旦那が勝ったんだろ! 自分の自慢をしろい!」

「相手の自慢が俺の自慢なんだ!」

 群衆が笑い、親父の樽がまた鳴った。勝者が敗者を称え続けるという構図は、聞く側には美談だが、称えられる側の近衛騎士団長が聞いたら、あの寡黙な顔で困るだろうと思う。なお群衆の中には予想教室の連中もいて、「俺は開幕前から白光の優勝に張ってた」と主張する男が三人いた。三人とも張っていなかったことを、俺は賭け札の控えで知っている。歴史とは、太鼓持ちの数だけ改訂されるものである。

 後にこの日の騒ぎは、麦酒の親父の命名により「第二次帰還祭」と呼ばれることになる。第一次は一巻――もとい、一年前の春、森の主の討伐の後の騒ぎを指すそうだ。命名した本人が樽を叩いているのだから、歴史の編纂とはつまるところ、太鼓を持っている者の仕事なのだと思う。

 騒ぎの波をかき分けて、最初に正面へ来たのは、子供たちだった。

「兄ちゃん、おかえり!」

「陛下は元気だぞ! ちゃんと見張ってた!」

「昨日も塀の上にいた! 態度がでかかった!」

 陛下とは猫である。灰色の雄で、態度が大きい。捜索網の外注先である子供たちの報告によれば、陛下は俺たちの留守中、態度の大きさを一度も損なわなかったらしい。何よりである。

「よし、報告ご苦労。手間賃だ」

 俺は荷を降ろし、外側にくくりつけてあった狐の面を外した。

 行きの宿場で約束し、王都の南門で買った、あの土産である。子供たちの目の色が変わった。

「狐だ!」

「祭りの面だ! 王都の!」

「一枚しかないぞ、どうする」

「順番だ順番! 十日交替!」

 狐の面は、子供たちの共有財産として運用されることが即決された。十日交替の順番表が、その場の口約束で成立した。うちの街の子供は、たまに大人より行政が上手い。

「なあ兄ちゃん、王都ってどんなだった」

「広かったな」

「どれくらい」

「モトリーの十個ぶん」

「じゃあ猫も十倍いるのか」

「数えてないが、いるだろうな」

「陛下より態度のでかい猫は」

「――いなかったな」

「だろうな!」

 子供たちは満足して散っていった。王都の広さより陛下の格の確認が本題だったらしい。報告というものは、聞き手の知りたい順に並べ替えられて初めて報告になる。ギルドの研修で教えるべき内容を、うちの街の子供は路上で身につけている。

 あいつが隣で笑った。

「よかったな、面。ちゃんと役に立って」

「ああ」

 俺の荷物から面が一枚減った。荷の底には、まだ一枚残っている。そちらは当分、減る予定がない。

 ギルドのモトリー支部は、東門の騒ぎがそのまま移動してきたような有様だった。

 扉を開けた瞬間、拍手。受付の列が崩れて人垣になり、掲示板の前の傭兵たちが振り返り、二階の資料室から職員が身を乗り出した。あいつは入り口で三度頭を下げ、四度目を下げかけて、人垣の向こうの受付台に気づいた。

 受付台の中に、見慣れた制服と、罫線のようにまっすぐな目があった。

「――ミエルさん! 帰ってたんですね」

「クラウン様。ご帰還、お待ちしておりました」

 ミエル・ルシードは、騒ぎの中で一人だけ平熱だった。聞けば、王都からはギルドの定期便の馬車に乗り、俺たちより二日早く着いていたという。徒歩十日の道を馬車は七日で走る。数字に忠実な人は、移動まで数字に忠実である。

「王都でのご活躍は、公報より先に噂で届いております。台帳的には、噂の到着速度が公文書を上回るのは遺憾なのですが」

「あはは……。あの、これ、王都の土産です。書庫の前で売ってた、頁を押さえる文鎮で」

「まあ」

 平熱の目が、一度だけ瞬いた。文鎮は小さな鈴の形をしていた。あいつの土産の選定眼は、たまに本人の自覚なしに急所へ入る。ミエルさんは文鎮を受け取り、両手で包み、それから咳払いを一つして受付の顔に戻った。

「――ところで、お二人に、事務連絡が三件ございます」

 来た。この人の「事務連絡」は、事務の顔をして歩いてくる別の何かであることが多い。

「一件目。A級への昇格に伴い、クラウン様の登録替えの書類が明日までかかります。明朝、改めてご来所ください」

「分かりました」

「二件目。サイキ様の登録区分について、王都から照会が一件参っておりました。『従者とあるが従者ではないのか』と。……従者札は、王都で返納なさったのですね?」

「ええ、まあ。期限つきの札だったので」

「では区分は従前どおり『雑用・荷物持ち』で回答済みです。特記事項なし、と」

「それでいい」

 特記事項なし。俺の人生の公式見解であり、維持費のかかる四文字である。

 ここまでが二件で、俺は内心、身構えていた。この人の事務連絡には恒例の続きがある。すなわち、討伐数の端数、時間経過の不一致、装備の損耗率――俺の帳簿の縫い目を、定規を当てて撫でていくあの質問攻めである。一年前の春から数えて、公式戦績は俺の三勝〇敗。無敗と言えば聞こえはいいが、三回とも試合後の消耗が激しい。

 ところが、来なかった。

 質問攻めの代わりに、ミエルさんは頷き、そこで初めて、言葉の速度を少しだけ落とした。

「三件目。――明日、お見せしたいものが二つあります」

「二つ、ですか」

「はい」

 罫線の目が、俺とあいつを順に見た。

「良い方と、悪い方です」

「……どっちから聞くべきなんでしょう」

「明日の朝、両方いっぺんに、です。台帳的には、片方だけの開示は公正を欠きますので」

 それだけ言って、ミエルさんは次の来客の応対に戻った。受付の鑑である。爆弾の予告だけして翌朝まで安置する受付が鑑かどうかは、議論の余地があるが。

 ギルドを出ると、夕方の光が街に斜めに入っていた。

 石畳、パン屋の煙突、時計塔の影。一月ぶりの街並みは、出た時のままの顔で、俺たちの帰りを別段ありがたがりもせずにそこにあった。街のこういう薄情さを、俺は結構、信用している。

「なあヨウタ。悪い方って、何だと思う」

「さあな。宿の屋根の修繕費の請求書とか」

「うちの宿の屋根、壊れてたか?」

「例えの話だ」

 言いながら、俺の帳簿は別の候補を並べていた。王冠の旗の早馬、二騎、先回り。ミエルさんの「悪い方」が、あれと無関係である確率を、俺は高く見積もっていない。

 今夜は鈴鳴り亭だ。積もる話と、聞くことの一覧十一項目と、それから麦酒。

 悪い方の話は、明日の朝までお預けである。お預けにしたまま眠れるほど、俺の性根が太くできていないことは、俺が一番よく知っているのだが。


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