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【第二巻】第二章 審査という名の見世物(一)

 冒険者ギルド本部は、大路の北の突き当たりにあった。

 モトリー支部の建物が「大きめの酒場」だとすれば、本部は「小さめの城」である。石段が七段あり、扉が二重で、扉番が二人立っていて、入ると吹き抜けの天井から歴代ギルド長の肖像画が六枚、来訪者を見下ろしていた。肖像画に見下ろされる受付というものを、俺は生まれて初めて体験した。用件を言う前から審査が始まっている造りである。

 麦月五日の朝、俺たちはA級昇格審査の手続きに来た。

 受付には列が三本。ジェスターは正面の列に並び、俺は従者札を見せて壁際の長椅子に回された。従者は受付に並べないらしい。

「従者の方はあちらで」

「連れなんですが」

「『連れ』という区分は」

「ないんでしたね。存じてます」

 二日目にして、俺はこの街の書式と和解しつつある。和解の条件は全面降伏だった。長椅子に座ると、隣の従者らしき老人が「慣れるよ」と言った。何年で、と聞くと、指を三本立てられた。三年。魔剣の噂が石碑に変わるのと同じ年数である。この世の大抵のことは、三年で風化するか定着するかのどちらかだ。

 ただし、壁際も悪いことばかりではない。聞き耳を立てる自由までは奪われていない。壁際は音がよく集まる。建物というものは、設計者が思うより正直にできている。

「B級、ジェスター・クラウン。モトリー支部所属。A級昇格審査の申請に来た」

「クラウン様ですね。承っております」

 受付の男は、書類をめくる速度だけで熟練と分かる指をしていた。めくり終えて、顔を上げて、実に丁寧に微笑んだ。

「はるばる辺境から、ようこそ王都へ。長旅でお疲れのところ恐縮ですが、審査の方式についてご案内いたします」

「頼む」

「A級昇格審査は、面談と実技で行われます。例年ですと実技は本部の演習場で試験官が拝見するのですが――今年は武闘祭の年でございまして」

「というと」

「実技は武闘祭の本戦成績をもって代えさせていただきます。つまり」

 男は、微笑みの角度を変えずに言った。

「勝ち上がっていただきます。衆目の前で」

 壁際で、俺は膝の上の帳面に「演習場→闘技場」と書き、線で結び、線の横に小さく「最悪」と書き足した。

 演習場の審査なら、観客は試験官だけだ。手元の狂い、地面の窪み、風向き、道具の不備。番狂わせを説明する材料は幾らでもあり、材料の仕入れは俺の本業である。だが闘技場は違う。観客が万を数え、目が万対ある。万対の目の前で番狂わせを起こすのは、番狂わせの定義からして無理がある。王様が何も着ていないと言えたのは、行列を見物していた子供が一人いたからだ、という話がある。闘技場には、その子供が万人いる。

「素晴らしい方式だな!」

 当のジェスターは声を弾ませていた。

「試験官の前で剣を振るより、よほど力が伝わる。誰が見ても分かる審査だ」

「さようでございます。誰が見ても分かる、が本年の方式の眼目でして」

 受付の男は頷き、それから、声の艶を一段だけ落とした。

「――なにぶん、近年は辺境からの昇格申請が増えておりまして。書類の上では大変ご立派な戦績が、辺境から届くのでございます。討伐数、護衛成功率、いずれも王都の水準を上回るご立派な数字が、それはもう、毎年たくさん」

「そうか! 辺境も頑張っているんだな」

「ええ。書類は、頑張っておいでです」

 「書類は」の三文字に、絹で包んだ針が入っていた。丁寧に包丁を褒めて切れ味を疑う、あの手つきである。壁際の俺には刺さったが、正面のあいつには刺さらなかった。針というものは、まっすぐな的には刺さらないのだ。初めて知った。

「それで、面談は」

「本日これから。三番の間へどうぞ。……従者の方は」

 男の目が、初めて俺に向いた。

「恐れ入りますが、こちらでお待ちください。面談は本人のみでございます」

 かくしてジェスターは三番の間とやらに消え、俺は壁際の長椅子に残された。

 待つのは得意である。待ち時間というのは、情報の露天掘りだ。俺は帳面を開いたまま、耳の帳簿をつけ始めた。

 聞こえてくる会話の七割は武闘祭の話だった。本戦の枠は三十二。出場登録は明後日締め切り。推薦枠と予選枠がある。賭け屋は今年から公認になり、公認になった途端に倍率が渋くなったと、誰かが嘆いていた。胴元が儲かる仕組みに名前がつくと「公認」になる。勉強になる街だ。

 近衛騎士団長の名前は三度出て、三度とも語尾に「どうせ」がついた。どうせ今年も団長だ。どうせ決勝までは前座だ。どうせ――三度目の男は言いかけて、連れに小突かれて黙った。壁に近衛の紋章が掛かっていたからである。王都では、壁にも耳の他に目がついている。

 残りの三割のうち、二割は商談で、一割が、少し毛色の違う話だった。

「……南区の道場の話、聞いたか」

「ああ。三日で門下が倍になったって」

「倍じゃない。師範代の腕が、だ。先月まで並だった男が、急に」

「羨ましい話だ」

「……どうかな。飯を食わなくなったらしいぜ、その師範代」

 声はそこで商談に紛れて消えた。俺は帳面に「南区・道場・急に強い・飯を食わない」と書き、丸で囲い、囲いの外に「?」を置いた。腕が急に上がる話は、祭りの前にはよくある。よくあるが、飯を食わなくなる話は、よくあってはいけない。

 帳面の記載が三頁に達した頃、隣の老従者が立ち上がった。主人の面談が終わったらしい。去り際、老人は俺の帳面を一瞥して、悪いことは言わない、と前置きした。

「書き物は宿でやりな。ここじゃ、書いてる姿も審査のうちだ」

 含蓄のある助言だったので、俺は帳面を閉じ、以後は記憶に書いた。

 一刻ほどで、ジェスターが戻ってきた。妙な顔をしていた。晴れと曇りが同居している。

「どうだった」

「面談は通った。明後日、出場登録をして、本戦からの出場が認められた。B級の戦績で予選は免除だそうだ」

「上々じゃないか。曇ってる理由は」

「……最後に、試験官に言われたんだ」

 あいつは、言われた言葉を口の中で確かめるように、ゆっくり繰り返した。

「『君の書類は完璧だ。完璧すぎる、とだけ言っておこう。王都の目は、書類を読まない。動きを読む。――君の動きが、書類と同じ景色を見せてくれることを祈る』」

「なるほど」

「どういう意味だと思う」

 書類を疑われている、という意味である。B級ジェスター・クラウンの戦績は、討伐も護衛も一級品だ。ただしその何割かは、本人の知らない場所で、本人の知らない誰かが夜なべで整えた土台の上に立っている。書類と動きの間に、俺という帳簿外の項目が挟まっている。王都の目は、その項目を嗅ぎ当てようとするだろう。

「実力を見せろ、という意味だろ。試験官の挨拶だ」

「そうか。なら、話は早い」

 あいつは晴れの側だけ残して笑った。

「全部、見せるだけだ」

「面談では他に何を聞かれた」

「得意な戦い方と、苦手な相手と、あとは変な質問だったな。『名声と実力、先に手に入るのはどちらだと思うか』と聞かれた」

「なんと答えた」

「分からないと答えた。考えたこともなかったからな。……ただ、どっちが先でも、後から来るほうが本物だと思う、と言ったら、試験官が初めて笑った」

 どういう表情で笑ったのかは、聞かないでおいた。試験官の笑いには二種類ある。答えに感心した笑いと、答えの値打ちを測り終えた笑いだ。王都まで来ると、二種類目の在庫が急に増える。

 全部見せて成立する側の人間は、いい。俺は帳面を閉じ、閉じた表紙の上で、これからの十日あまりの段取りを考え始めた。全部隠して成立させる側の、段取りである。

 帰り際、吹き抜けの下でジェスターが立ち止まった。

「なあヨウタ。さっきの受付の人、俺たちのこと、疑ってたよな」

 ……気づいていたのか。

「辺境の書類は立派だ、って言ってた。あれは、疑いの言い方だ。俺にも分かる」

「怒らないのか」

「怒らない。書類じゃ伝わらないのは、本当のことだからな。だから武闘祭で勝つ。そうすれば、疑いごと感謝に変わる。……こういう考え方は、甘いか?」

「甘い」

 俺は即答し、それから、肖像画の並ぶ天井を見上げた。六人のギルド長が、揃ってこちらを見下ろしている。

「甘いが、正しい。行くぞ。飯だ」

 疑いごと感謝に変える。言うのは簡単で、やるのは決勝まで勝ち上がるのと同義である。そしてその道の途中には、書類に載らない何かが――飯を食わない師範代の類の何かが、たぶん立っている。

 帳面の「?」が、早くも育ち始める気配がした。


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