第五章
―五―
日に日に減っていく隊員。そして周りに少しずつ増えていく大人の隊員たち。それに、だんだんと違和感と疑いが出始めたある日。
「――個人任務」
疑いをはっきりさせたくて任務の順番待ちをしていたら、ある日告げられた。
「そう、ちょっと行ってくるね」
百合愛の、個人任務が。
朝礼のあと三人で話していたら告げられたそれに、明るく笑う百合愛に近づいてその手を無意識につかむ。
「……行くの」
「ふふ、なぁに。寂しそうな顔」
「実際寂しいけど」
ストレートに言えば、百合愛の顔は照れたものに変わる。そうして僕に手を伸ばして、ふわっと頭を撫でてきた。
「……」
「少しだけ待ってて、ね?」
「こうやって見ると弟だな時雨」
「僕が望んでるのは恋人なんだけど」
「それはまだ、さきっ!」
思わぬ話の脱線に少し力が抜けて、くすくす三人で笑いあった。しばらく笑っていると冬歌もそっと近づいてきて、ぎゅっと僕ら二人を抱きしめるように肩を組む。
「ちゃんと帰って来いよ」
「もちろん」
「何かあったら伝えること。いい?」
「任せて!」
いつも通り笑うから、僕らも彼女を信じるしかないと頷いて、三人目が合うと、また自然と笑い。
「行ってきます!」
そう言う百合愛を、見送った。
百合愛は、数日後に無事に帰ってきた。
いつも通り明るくて、その無事に安堵して。百合愛の様子から、僕らの話は杞憂だったのかもしれないと思うほど。
けれどそう思えたのは、数週間経つまでだった。
「……」
「百合愛?」
食事の時に流れたニュースを見て、百合愛の表情が変わる。何か信じられないものを見るような、そんな目。その視線を追えば、テレビで人が事故でなくなったと報道されていた。
それによると、身元を確認しているところではあるけれど、以前組織に所属していた者ではないかと出ており、これから調査を行うという。また増え続ける事件に眉をひそめながら百合愛に目を戻した。その彼女は顔が青ざめている。同じく彼女に向いた冬歌も百合愛の状態に気づき、口を開いた。
「どした」
「あ、いや」
「知り合い?」
聞くと、彼女は首を横に振って。
「う、ううん、違うの」
「百合愛」
「ほんとだよっ、なんかこう、やっぱり、あの、終わらないなぁって思って」
言いながら、今ある食事を急いで平らげた百合愛は立ち上がる。
「そういえば呼ばれてるんだった。行くね」
「あ、おい」
「百合愛」
声をかけても彼女は止まらずに食器を片付けて食堂を出て行ってしまう。その姿や一連の流れを見て、思うのは。
「……今回のターゲットだったとか?」
「反応的にはビンゴだけどな」
嫌な予感が当たりに近づいている気がして、冬歌と食事を再開しつつ小さくこぼす。
「これ下手に聞いてくとマズイ?」
「組織がこの事件に関わってるってなると、事情話した人間全員どうなるかわかんねぇな。確実なのは俺らも任務受けて証拠つかむことだろ」
そうだね、とこぼして周りを見る。食堂にいる本部の隊員は少ない。代わりに百合愛のお父さんが来てからいるようになった大人の隊員たちが増えている気がした。それぞれサングラスをしているけれど、視線を感じる。
――監視かな。見ているのは、僕らか、百合愛か。
「どっちもだろ」
「すごいね冬歌、心の方の読心術まで手に入れたの?」
「お前の視線とか追ってればわかる」
それでもすごい能力だけど。ひとまずここでは下手に話さない方がいいだろう。
「……そういえば、この前のミステリー小説面白かったよ」
「そりゃよかった」
今更だけど話の内容をごまかせば冬歌も合わせてくれて、僕らは食事を終わらせて、足早にその場を去った。
僕らの武器が返されたのは、それから数日経ったころだった。
「返しちゃっていいのかね……」
渡された銃を見ながら冬歌が呆れ顔で呟く。
殺人事件はいまだに続いている。むしろ増えていると言ってもいい。けれど武器が回収されてからも起こっていることから、僕らの思いに反して、内部への疑いは徐々に薄まっていっていた。日に日に隊員も減っているということから、安全も考えて武器も返却という動きになったらしい。返ってきた、少し懐かしいとさえ感じる重みを受け取りながら、隣を見た。無言で武器を受け取る百合愛の顔色は、日に日に悪くなっていっている。けれど何も話してはくれなくて。
この返却が、カラリスが事件とは無関係という裏付けとなって、彼女の状態の回復に繋がれば。
そう、思うのだけれど。
「じゃあ、行ってくるね」
思いと反して、百合愛は日に日に衰弱していく。そんな彼女は今日も個人任務に行ってしまった。
「……気に入られてる?」
「かもな」
見送りながらも、どんどん百合愛の個人任務が増えていくことに違和感を感じる。けれど僕ら二人とも、核心には至れなくて。
「たぶん話すにも話せないんだよね」
「だろうな、ほら」
「ん?」
冬歌は突然、僕にピースサイン。けれど当然、それはピースをしているのではなく。
――何かの、数。
「近く?」
「百合愛の」
「……そ」
“百合愛の近くに、いつも二人、人がいる”。
つまりこの前の食堂の時のように大勢を見ると見せかけた監視ではなく、明確な個人の監視として常に百合愛の傍に人がいて、百合愛もどうしようもできない可能性が高いと。
冬歌は続けて、手を狐の形に変えて口の部分をパクパクさせるように動かした。けれど口は、僕に言いたいであろうこととは全く違うことを言う。
「そういやミステリー小説の続きがやばくてさ」
「へぇ」
どこかのタイミングで試したんだろう。相手は読唇術があるからこれ以上しゃべるなと伝えるように、狐の口を動かしては、首を横に振るように手首を横に振る。
「僕も読みたいな」
「もうちょいで読み終わる」
「そう」
冬歌に合わせるように言葉を紡いでいき。
「……」
いなくなった二つの気配に、目を細めた。
それからも日に日に内部のいろんなことが悪化していった。
人は減り、百合愛も個人任務にまた行き、大人の隊員が増え。
「……」
生活にも、「何か」が混ざってくるようになった。
目の前の食事に口を付けたところで、飲み込むことなく手が止まる。
「時雨? どうした」
目の前に座る冬歌は特に何ともないんだろう。それに安堵して、首を横に振った。
「ううん、そういえば呼ばれてたの忘れてた」
「任務か?」
「違うよ。……英人の数」
「……」
口に入れたものはひとまず口の中の端に寄せて、一度立ち上がる。
「ちょっと行ってくるよ」
「俺も行く」
「なんでさ。僕のことだよ」
立ち上がる冬歌を笑って制して、食器を持った。きっと何かあったことは気づかれているだろうけど、今は伝えることはなく。冬歌にもう一度念押しして、食器を片してから食堂を出た。
まっすぐに向かったのは部屋でも上層部の部屋でもなく、手洗い場。
「、ごほっ」
そこでようやっと口の中のものを吐き出す。
「……」
口の中にはまだ苦みがあって、多めの水で口の中をゆすいだ。
「……下手すぎか……」
その苦みに顔をしかめながら、ここ数日のことを振り返る。
僕の食事には、たまに毒が仕込まれるようになった。
ここ最近食堂の調理師が一部変わったから、その人たちがやっているんだろう。やり方がかなりお粗末で、口に入れた瞬間に気づけることが幸いだけれど。
「……」
相手も余裕がないのだろう。日に日に量が増えているのも、確かだった。
「……はぁ」
こっちはそこかしこに監視がいる以上、下手には動けない。
「……まいったな」
さぁどうするべきかと、考えながら。
今日も毒が仕込まれたであろう食事を、水で流した。
個人任務に行っていた百合愛が返ってきたのは、数日後の夕方だった。
「しーぐれー!」
「!」
まるで朝のように名前を呼んで。カーテンを開ければ、にこやかに笑っている百合愛がいた。それに、微笑みを作って。
「今回英人だったの!」
「うん」
「ご褒美に一緒に散歩してくれるっ?」
「うん、もちろん」
突然の誘いに二つ返事で僕は彼女の元へと駆けていった。
「けがはない?」
「うん! 大丈夫!」
少し前を歩く百合愛は、くるっと僕に振り返って念押しするように言う。
「ほんとだよっ」
「……知ってるよ」
その口癖に、笑って。
「これで落ち着くの?」
「わかんないや」
隣へと歩いて行って、覗き込む。
「そろそろ寂しいんだけど」
「う……」
困ったように照れて、百合愛は視線をそらす。一瞬の悲しそうな顔は、今は見ないふりをした。
「……」
「……」
しばらく二人、黙って歩いていると、百合愛は立ち止まる。
「時雨」
「なに」
寂しそうに見える顔で微笑んで、百合愛は僕を見上げて。
「頭、撫でていーい?」
お願い、というように首を傾げた。それには当然。
「もちろん」
頷けば、百合愛の手が僕に伸びて、そっと頭を撫でる。それに、目を細めて。
「百合愛」
「んー?」
「頭、肩に乗っけていい?」
「うん」
了承を得て、彼女の肩へと頭を乗せた。
いつからか落ち着くようになったこの褒美に、自然と肩の力が抜けていく。最近の不穏さも、うんざりするような毒の攻撃も、忘れられるようだった。
彼女の呼吸で上下する感覚が心地よくて、このひとときを堪能するように、彼女の肩にすり寄る。
「……」
「……」
風の音だけが聞こえる、カランコエとエーデルワイスが咲き誇る庭園の中、二人とも、何も言わない。
「……」
「……」
やさしく優しく撫でられる心地よさを感じながら、僕は目を閉じる。
そうして、深く、深く息を吸って。
彼女の甘い香りの中にある、錆のようなにおいを心に刻み付けた。




