第四章
―四―
「全員の武器を回収する」
そう言われたのは、次の日の朝礼でのことだった。
感動的とも言えるクリスマスが明けて、その感動に完全に浸ることはできないまま、武器は回収されていく。警察からの要請と、昨日着任した指揮官たちの意向で、事件に使われそうなものは全て回収との命令になったそうだ。もちろん部屋も調べられ、危ないと判断されたものはすべて回収。そしてそれらは金庫に入れられ、鍵は警察が預かるらしい。
これで事件が収まれば内部による犯罪ではないという証明になる。逆に再び刃物や銃で事件が起これば、内部や内通者の仕業である可能性が高くなる、という考えだそうだ。
「これで終わるといいなぁ」
武器回収時、隣にいた百合愛が呟く。
「そうだね。そしたら今回の冬歌の推理は外れるね」
「えぇっ、あの当たるって評判の冬歌の推理が!?」
「打率は別にそうでもないだろ……」
「今までは九割当たってたじゃん」
「そんなんじゃなくね?」
「時雨が言ってることはほんとだよっ! ドラマの犯人も毎回当ててたし!」
「そうだったか?」
冬歌に二人して頷く。けれど本人はよくわからないと言ったような顔のまま。それに僕らは、肩を竦めて笑った。
冬歌の推理は本当によく当たる。けれど当の本人は推理をするまでが楽しいらしく、その結果にとくにものすごくこだわりは見せなかった。そこが彼の良いところでもある。そして今回もそこまで推理の結果にこだわるようなそぶりはなく。
「ま、でもこれで終わるなら一番いいわな」
この犯罪が終わることを願っていたので。
「そうだね」
僕も同意見だから、隊員に武器を渡しながらそう頷いた。
それからの日々は、違和感ばかりだった。
「重みがない」
「慣れねぇなぁ」
寮内以外ではずっと持ち歩いていた銃もナイフもなくなり、妙に体が軽く感じる。
「なんか不思議な感じだねぇ」
「軽いよね。気を抜くと早歩きになりそう」
「お前絶対走り出すだろ」
「気持ち的には今まさに」
さすがにこのカラリス内で走り出すのは曲がり角で人が出てきたら危ないからしないけれど。割と本気でそう思っていることは訓練所に向かう途中でしっかりと伝えた。
そうして訓練所に着けば。
「……戦闘訓練も、制限……?」
割と楽しみでもあるそれが、制限を受けることにはさすがに戸惑った。
「今の長の方針でね。君たち内部への疑いが一刻も早く晴れるよう、武器は君たちから回収したものだけでなく、この組織からすべて回収しているんだ」
だから今できる訓練は組手だけになると言われて。
「……」
「時雨しょんぼりしてる……」
「まぁここの人間は割とこう、戦うこと自体は好きだしなぁ……。それ制限させるとあぁなるのもわかるわ……」
事件のせいですべてが制限され始めて、心にモヤモヤがたまっていくのがわかる。
しかもこういうのは連鎖していくもので。寮へと引き返す中で気づいてしまう。
「これ毎日の訓練も制限付くのでは??」
「銃撃訓練とか日課だったもんなお前」
暗に「そうだ」と言う冬歌に振り向き、問う。
「これはもう僕らで犯人捕まえるべき?」
「お、いいなそれ。手伝うぞ」
じゃあ、なんて計画を立て始めようとすれば。
「もー、向こうが武器持ってたら今じゃ危ないでしょ!」
本気にした百合愛が怒るので、思わず冬歌と笑って。少しだけ制限によるもやもやは晴れた。
訓練に制限はあれど、日々の見回りなどの治安維持任務はなくなることはなく。
「やっぱ不便ではあるよなぁ」
人がにぎわう年末。今日も行われる見回り任務の中でつぶやく冬歌の声に、頷いた。
本来二人で行われる見回りだけど、武器が回収されて戦力も落ちるということで、構成人数が増えることになった。ひとまず三人一組で様子見をということで、メンバーはいつもの三人になり、街を歩いて辺りを警戒していく。
「今の僕らは飛び道具がないから、相手が遠くにいると厄介だよね」
「一つのこう、おとなしくさせるための手段としてもあったからなかなか不便だったりするよね」
今日はこのあたりで不審者の目撃情報があったということで、見回り兼その人の捕獲でやってきているけれど。その人が武器を持っていたら種類によっては不利になるし、二人に言ったように遠くにいられると逃がす可能性もあって少々厄介だった。百合愛の言った通り、おとなしくさせる手段としても武器は欲しいのだけれど、それは手元にはなく。
「一番厄介なのは不審者が出たって騒がれた時だな」
「近場ならいいけどねぇ」
「そしたら一番足が速い冬歌にいったん頑張ってもらう形だよね」
「お前も足の速さたいして変わらないだろ」
「いやコンマとは言え数秒は大きいって」
その数秒で救えるかが決まってくるのだから。
「もちろん僕も走るけど、冬歌に一番に走ってもらう形がいいと思うよ」
「そうは言うけどなぁ……。一緒の方がイレギュラーに対応できるだろ」
「今日は僕の案採用してよ。良いアイディアあるから」
そう、ポケットに忍ばせているものを思って笑ったところで。
「きゃぁああ!!」
突然悲鳴が街に響く。
「さすが冬歌、推理はよく当たるね」
「なんも推理してねぇわ」
「あたし連絡いれるねー」
「おー、任せた」
悲鳴は思いのほか近くで聞こえ、幸いにも見回す必要もなく、事件は数メートル先で起きていた。ひったくりと思われる男が女性のバッグを持って走り出すところで、百合愛に連絡を任せて、僕らは犯人を追う準備に入る。
「時雨、援護任せた」
「わかった。道の端の方走ってて」
「了解」
言った通り道の端の方を走り出す冬歌を確認して、前を見据える。男の足は思いのほか速い。冬歌も少しずつスピードを上げていくけれど、距離が縮まっているようには見えなかった。
これは役に立てそうかな。
「……」
走っている犯人に恐怖して人々は道を開けていくので、男への道はまっすぐ開かれている。これならけが人は出ないだろうと、ポケットに忍ばせておいたボールを取り出して握り、振りかぶる。
「え、ちょ、時雨!?」
僕を見たであろう百合愛の声が聞こえるけど、気にせず。
「それっ」
その男めがけて、それを思い切り投げた。――直後。
「がっ!?」
見事それは男のふくらはぎに命中し、男は倒れる。それによって冬歌も追いつき、じきにその男は冬歌によって確保された。
「無事捕獲だね」
「さすが時雨、ナイス援護!」
「さすがだけどナイスじゃねぇわ!! 時雨お前あとで説教!!」
「なんでさ」
万が一が起きた時にすぐ加勢できるように百合愛と共に二人に近づくも、冬歌は何故かご立腹だった。それにこちらもむっとしてしまう。そんな僕を見た冬歌はさらに呆れた顔だ。
「お前なんつー……今の状況的にだな」
「銃がないんだから代わりのもの用意するしかなくない?」
「走ればいいだろ……」
「あの男速かったよ」
きっと何かの障害物に引っかからなければ追いつけなかったくらいには。それに。
「小石投げなかっただけえらくない?」
案としては当然あった。けれどそれこそけが人の心配があるからやめたのだ。それを態度に示せば。
「……それは、そうだな」
僕はけが人の心配がなければやりかねないと知っている冬歌はそこであきらめたのか、ため息をついて。男を拘束してから、僕の頭を撫でる。
「……ま、けがなし、判断もまぁまぁよしってことで報告しとくわ」
「どうも」
やさしく、兄のように撫でてくれる冬歌に笑って。百合愛と三人で、その男を引き渡すために歩き出した。
それからもしばらく、事件は一切起きなかった。
「やっぱり内部の仕業かなぁ?」
年が明けて、少しずつ街も通常通りに戻り始めたころ。昼食のとき、隣に座っている百合愛がテレビを見ながら言った。ニュースでは、組織の事件について報道されている。確かにこうして見ると内部の仕業に見えるし、その線で捜査も進んでいるけれど。
「さぁ、これこそ実は外部の人間の仕業かもよ」
「え、どうして?」
昼食に手を付けながら、百合愛に笑う。
「内部の状況をニュースでほとんど言ってるから」
「からって………まだちょっとわからないんだけど、時雨」
どうして、と詰め寄ってくる百合愛が少しかわいくて、頬が緩んでしまった。
「相棒、そこときめくとこじゃねぇだろ」
「いやときめくところでしょ。というわけで名探偵冬歌、続きお願い」
前に座る冬歌に続きを頼んで、一度食事を口に運んだ。それにやれやれというように肩を竦めながらも、冬歌は続きを話してくれる。
「つまり、外部のやつだとしたらこっちを利用してるってこと。時雨がさっきも言ったとおり、組織の今の状況はほとんどニュースで報道されている。もしもこの事件が外部の仕業だとしたら、そのニュースも外部が見ているはずだろ。そのニュースの中にはもちろん、俺らの武器が回収されたことも入ってる」
「ということは……犯人がわざと内部が疑われるように仕向けてるってこと?」
食事を飲み込んで、百合愛に頷いた。
「外部の仕業なら、ね。だからといって内部の人間がやってないって可能性が低くなる訳じゃない」
「それに、内部も若干微妙なラインだしな」
「? どうゆうこと冬歌」
百合愛が聞けば、冬歌は少しだけ声を潜める。
「個人任務が増えてんだってさ」
「個人任務……」
百合愛と共に、どちらともなくこぼした。
今ではもうほとんどと言っていいくらいなくなった”個人任務”。
その名の通り個人で動く任務で、内容は暗殺や潜入がメインだった。今では隊員の安全も考えて二人以上の班で行動することがメインとなり、最近入った人なら知ることもない任務形態。
「なんでまた?」
そのあまりにも突然な情報に聞くと、冬歌は肩を竦めた。
「さぁ、詳しくは知らねぇけど。武器とか回収してる割にはそういう任務に行ってるやつもいるって話。やっぱり共犯か内部の線がでかいんだろうな」
「なんだ、裏をかいて実は外部の仕業でしたって感じかと思ったのに」
「なくもねぇけど。まぁ出されてる情報で考えたら内部だわな」
「ここから外部の線は?」
「もちろんあるだろ。時雨が言うように情報操作してる可能性がないっていう証拠がない」
そう、だんだんと楽しくなっていく推理をしていれば。
「なんか二人で探偵やったらすぐ解決しそうだねぇ」
ずっと黙っていた百合愛がそうこぼす。それに、二人そろって百合愛を見て、また互いを見合わせて、笑った。
「ふはっ、それはそれで楽しそうだけどな」
「百合愛は依頼の請負人とか似合いそうだね。あと情報伝達」
「任せて!」
やっぱりなにかやるなら三人だねと笑う百合愛に頷いて、彼女が加わったからより楽しくなり、その後も食事に手を付けながら三人で推理を続けた。
その推理が僕らの遊び半分では済まなくなってきたのは、それからあまり長くない日が経ってからだった。
「……」
段々と個人任務の量が増えているのか、組織内の人間が減っていく。けれど減った人数は戻ることはなく、日に日に減るばかりだった。そうしてそれに伴うように、ニュースではとあることが報道された。
――本部や地方の上層部が、また死亡し始めた、と。
「これはうちのが殺しに行ってるってこと? それとも上層部に紛れてうちのも殺されて帰ってきてないってこと?」
「話的には事件に関係なく遠征ってことらしいけどな」
冬歌と話す夜。互いにベッドに入ったところで小さな声で聞けば、向こうも小さな声で返してきた。それに考えるように黙っていればまた声が落ちてくる。
「百合愛のルームメイトも個人任務でしばらく帰ってねぇって」
「二、三日?」
「いや、二週間」
「……そ」
冬歌の答えに、目を閉じる。暗闇で思うのは、戦争の頃のことだった。
当時、二週間の個人任務なんてほとんどなかった。大体は短時間で済む暗殺だし、潜入も、そう長くは敵地に滞在せず任務を終えて帰ってきた人が多い。だから大半は、二週間戻らなかったら死を確定させられる。
「……」
一度目を開けて、ゆっくりと体を起こしながら上にいる冬歌に聞いた。
「……冬歌なら、ここでどうする?」
見据えるのは、ドアの外。何かを感じて動こうとすれば、ベッドの上から静止を表すように手が出てきた。
「……まぁ、俺らにはどうにもできないわな」
そうして、まるで「いったん寝ろ」と言うように手を動かされて、言われるまま、またベッドに横たわる。
「……僕もそう思う」
外の気配を警戒しながらこぼせば、
「……」
「……」
感じていた嫌なそれはなくなって、ひとまず様子見かと、また目を閉じた。




