第一章
―一―
「しーぐれー!」
「ん……」
少しずつ肌寒さが強くなる朝。今日も変わらず、彼女の声で目が覚めた。
目をこすりながら窓へと行き下を見れば、いつものようににこにこした彼女が手を振っている。
「おはよー!」
「うん」
「今日一緒に見回りだね!」
「そうだね」
「楽しみにしてるねー!」
「僕もだよ」
手を振り返しながら言葉も返せば、百合愛は嬉しそうにはにかみ「じゃああとでね」と去っていく。そんな彼女を見送っていたら、毎日変わらない肩への重みも来て、そちらに目を向けた。
「あれでビジネスライクなのかよ」
「冬歌もそう思う?」
「お前も相変わらずすげぇ自信だけど。まぁ普通に勘違いするわなあれは」
百合愛の声に起こされた冬歌のあきれ声に同意して。
「今日も頑張ってみるよ」
「おー、頑張れ」
今日も今日とてその”ライク”から”ビジネス”を外せるようにと心の中でまた決意して。
まずは冬歌と朝礼に向かうため準備を始めた。
「♪、♪」
そうして朝礼を終えて、午後。始まった見回りの中で、彼女は昔から歌っている歌を鼻歌で奏でながら、足取り軽く街を歩く。
「♪、♪」
「百合愛ごきげんだね」
「もちろん♪ あ、これかわいくない?」
「うん」
「これもどうかなぁ」
「男の子組が喜ぶんじゃない」
どうしてそんなにごきげんなの、という問いの答えはきっとうぬぼれではないんだろうと期待してしまいながら。歩く中で、そろそろ近づいてきているクリスマスに、組織の中の小さい子たちに贈るプレゼントも見る。
「時雨はなに贈るの?」
「毎年恒例の絵本かな」
「あは、時雨が選ぶ本は毎年取り合いだよねぇ」
思い返したように笑う百合愛に、僕もそれを思い返して、子供たちのかわいらしさや笑顔に顔をほころばせた。
うちの組織では小さい子もいるからと季節のイベントは積極的にパーティーを開いていて、クリスマスもその一つ。小さかった頃はプレゼントを贈られる側だったけれど、この年にもなれば贈る側にもなるわけで。数年前から子供たちに絵本をプレゼントし始めたらありがたいことに好評だったので、なんだかんだ毎年恒例になっている。
「今年はどうしようかな」
「時雨のお気に入りシリーズはもう渡しきったんだっけ?」
「あと数年分くらいはあるよ」
少しだけ大人の仲間入りをしていることに嬉しさも感じていれば。
「時雨はサンタさんになにか頼むの?」
未だに子ども扱いしてくる言葉に、少しむっとしてしまう。それは仕方ないと自分を許して、そっぽを向いた。
「僕もう子供じゃないから」
「十六歳は子供でしょ~」
「十七歳だってまだ子供だろ」
この国の”大人”は十八歳からなので、二人ともまだ子供なはずなのに。
「時雨よりは大人に近いからね」
彼女はいつだって、一歩先にいる。
年齢も、精神も。
それがどうしても悔しい。
「……ふふ、すねてる時雨」
「そりゃすねるよ」
無意識にそんな顔をしていたんだろう。ぱっと振り向いた彼女を、じとっと見て。
ちらりと、一瞬だけ僕からそれた彼女の目に、頷く。
「ご機嫌直してよ時雨」
「……」
「隠れ家的なお店、特別に教えちゃうから」
「なにそれ」
後ろの足音と気配を感じながら、百合愛に導かれるようにして歩き始めた。
「この前の見回りのときに見かけてね。骨董品がいっぱい売ってるから冬歌へのプレゼントにどうかなって思ってたんだけど。時雨もそういうの好きだったでしょ?」
彼女の言葉には、嘘でも頷いて。
「だから教えてあげる」
「ご機嫌取り?」
「そう思うならそれでもいいよーだ」
笑い合って、彼女が導いてくれるままその路地裏へと入り。
「右行くね」
「じゃあ左」
即座に二人、走り出す。そうして道の途中にある分かれ道にそれぞれ入っていけば。
「どこだ」
「この道を抜けたか!?」
後ろをついてきていた奴らの声が聞こえて、百合愛に合図を出す。とりあえず今回は僕だけでも大丈夫だろうということで、「そこにいて」とだけ出し、彼女が頷き、足音がかなり近くなって、男たちの姿を目で捉えたところで。
「うわっ!」
「なんだ!?」
飛び出し、二人まとめて倒れるように手前の男にとびかかった。
そいつらは突然のことにしっかり倒れてくれて、二人そろって体を思い切り地面に打ちつける。その痛みで悶えてる間に、持っていたロープで二人を締めあげて討伐完了。
「はい、おしまい」
「さすが時雨!」
パンッと手を叩いて埃を払えば、対処している間に組織に連絡してくれた百合愛が近づいてくる。
「戦場の狼は違うね!」
「いつの話してんのさ」
「まだその二つ名現役だと思ってるよ!」
まだ戦争が終わっていない頃に呼ばれていた二つ名を呼ばれ、若干居心地が悪い。
「そういえば、こいつら反組織だよね」
どうにか話をそらしたくて言うけれど、百合愛はにこにこと笑っている。
「……真剣なんだけど」
「ふふ、知ってる」
その笑いを少しにらんでから、先ほど捕まえた奴らに目を向けた。
戦争がなくなっても、争いはなくならない。
たしかに世界は一つになって、平和になった。けれどいくら国同士で戦うことがなくなったとしても、個人の争いはあるわけで。とくに当時戦争に出された兵士の親族による恨みはその争いを多く生んだ。一時期は元敵国だった人たち同士で争うことが多かったけれど、今ではその恨みの矛先は、戦争で勝ったカラリスの組織へと向いている。怒りや悲しみを携えて、いつからか彼らはこうして時折、僕らのことを襲ってくるようになった。どうしたって戦闘力は僕らの方が上で、彼らはすぐに捕まってしまうけれど。それでも、何かを成し遂げたいのだろう。その気持ちだけはどうにか踏みにじらないように気を付けるけれど、難しくて。今日もまたその人たちを捕まえて、回収にやってきたカラリスの人間に引き渡す。
「お待たせしました」
「反組織の人間捕まえました!」
「ありがとうございます」
恨めしそうにこちらを睨みながら連れていかれる彼らを、目をそらさず見ていたら。
「!」
そっと、頭が撫でられた。人が見えなくなったのを確認してからそちらに目を向けると、百合愛が僕の頭を撫でている。
「なに?」
「がんばったね、って。英人のご褒美」
「……」
彼女の方に向き直れば、微笑みながら百合愛は僕の頭を撫で続ける。やさしく撫でてくれる彼女の肩に、自然と頭を預けていきながら。
「……最近のご褒美はこれ一択?」
心のむなしさに近いものも一緒に吐き出すように、問えば。
「時雨物欲ないんだもん」
「百合愛がくれるものならなんだって嬉しいよ」
「ふふっ、それなのにこのご褒美は不満なの?」
一歳しか違わないはずなのに、言葉や駆け引きはどうしたって彼女が上で。悔し気に百合愛の肩に顔を埋めた。それを見透かしているのか、百合愛のやさしい声が響く。
「いろいろ他のも考えてるよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。英人になれた回数とかさ」
「ポイント制?」
「そう、楽しそうでしょ?」
明るくしようとしてくれている百合愛の「たとえば」と言う声のあとは、しばらく続かない。
「……」
「百合愛?」
顔を、そっと上げれば。
「……こう、百回英人なれたら、進展、とか」
言っている間に恥ずかしくなったんだろう。顔を真っ赤にしている百合愛に、かわいさでぐっとのどが鳴る。
「百合愛」
「た、たとえばだから」
「ねぇ」
「ほら、元気出た? 時雨はほら、反組織の人捕まえる時いっつも考えてるような感じじゃん」
「あのさ」
「げ、元気出るかなって」
たとえ話、と最後の方は小さくなって、いつもの口癖も出る。
「ほ、ほんとだよ。ほんとに、たとえ、話……」
「……」
そうして見つめあったあと、僕は口を開いた。
「……元気は出た」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
彼女の口癖で返したあと、でも、と付け加えて、少しだけ彼女に寄り。
「期待もしたくなる」
「!」
さらに真っ赤になる百合愛の顔を覗き込んで。
「ポイント制、考えとくね」
それだけ言って、また「たとえばだから!」と後ろを追いかけてくる百合愛の声を聞きながら、照れを隠すように足早に路地裏を後にした。




