プロローグ —SIDE:百合愛—
―プロローグ―
六歳の時、パパはいなくなった。
ママのことが大好きだったパパは、「いつか百合愛が強くなったら元気になるかもしれない」と言いながら、もういないママを追うように意識を失った。大人に運ばれていくパパを見ても、不思議と涙は出なかった。悲しさも感じられないくらい、あたしの心にはぽっかりと穴が開いてしまった。独りぼっちになった。寂しいのかな、辛いのかな。それすらわからないけれど、うまく笑うことができなくなったのは、確かで。
幼馴染の冬歌お兄ちゃんとその家族が、まるで本当の家族のように家に招き入れてくれても、昔のようには笑えなかった。けれどみんなが少しずつ心をほぐしてくれたのも事実で。パパが言った「強くなれば」って言葉を、だんだんと目標にできるようになった。
「カラリスに行こうと思うの」
そうして八歳になって、冬歌お兄ちゃんの家にお世話になってからしばらく経ったある日。部屋で読書をしていた冬歌お兄ちゃんに言えば、その人は目を見開いた。
「百合愛の父さんの……」
「うん」
頷いて。
「強くなったら、元気になるって言ってた」
きっと子供だましの言葉。大人にならなくてもわかってたけど。
「ほんとだよ」
どうしても、信じたくて。勝手にあふれる涙をぬぐいながら、
「だから強くなるために、そこに行く」
「うん」
冬歌お兄ちゃんに言えば彼は頷いてくれて。
今までありがとう。
そう、言おうとしたら。
「俺も行く」
今度は、あたしが目を見開いた。
「お兄ちゃんも?」
「もちろん」
「でも――」
言いかけた言葉は、頭に手が乗ったことで出なかった。代わりに見上げると、ニカッと笑う兄分が目に入る。
「妹が行くなら、俺も行くに決まってんだろ!」
そう、本当に妹を想う兄のように言うから。
「――ありがと」
あたしも嬉しくなって、二人で組織に行くことを決意した。
冬歌お兄ちゃんの家族を説得して迎えた入隊の日。小さな子も多いから、そこまでかしこまった場じゃなかったけれど。新品の制服を身にまとって、学校とはまたちょっと違う雰囲気にどきどきしたのを覚えてる。
ここで、たくさんたくさん強くなって、パパを元気にするんだ。
そう、希望を持って入隊して。
一か月。
その希望は、心と共に折れそうだった。
「そこまで!」
「っ」
「……」
入隊して一か月。少しずつ、ほんとに少しずつだけど体の使い方もわかってきて。毎日個人でトレーニングもしていけば、同時期に入隊した子や年下の子たちより戦績はよくなっていた。
それなのに。
「勝者、時雨!」
「……」
この子にだけは、勝てない。
静かにこっちを見下ろす片目。顔立ちはまだ幼いのに、びっくりするくらい強くて。この一か月。何度戦っても、少しのダメージも与えられなかった。
「……」
悔しくてにらみつけても、その子は勝つことが当然というように、あたしを冷たく見下ろして去っていく。
それも悔しくて。
「っあの子ほんっとにキライ!!」
「まぁまぁ……」
入隊して半年経った頃、あたしは時雨が大キライだった。
今日も今日とて訓練で負けたあたしは、休憩所で思わず冬歌お兄ちゃんに叫んでいる。
「いっつも涼しい顔してっ!! 片目隠してても当然のように勝って!! あたしがどんなにっ」
どんなに。
「どんなに頑張っても、まだ勝てないっ……!」
入隊した時よりもトレーニングを増やした。戦闘訓練だって居残りしてやってる。前より強くなったはずなのに。彼はいまだに、息一つ上がらないままあたしに勝つ。
「ぐやじい……」
「まぁ、お前よりも先にいるし……」
「でもっ! あの子以外の人には勝ち始めてるっ!」
ほんとだよっと言えば、知っている冬歌お兄ちゃんはわかってると頭を撫でてくれた。
「お前が頑張ってるのはよくわかってるから」
「っ」
「無理せず続けたら、きっといつかは追いつけるよ」
やさしく、まるで本当の兄のように言う冬歌お兄ちゃんに頷いて。
「……ありがと。冬歌お兄ちゃん」
「いーえ」
いまだ兄離れはできないまま、そのやさしい手を受け入れた。




