シーン4:【無自覚な奇跡】相棒『チクタク』の誕生と、鳴り響く警鐘
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『キュウ、キュッ!』
私の手のひらの上で、水色の小さな身体が嬉しそうに跳ね回る。
そのたびに、澄み切った清らかな水滴が、まるで時計の秒針が時を刻むように、チク、タク、と規則的な小さな音を立てて大理石の床へとこぼれ落ちていく。
不思議なことに、床に落ちた水滴はすぐに淡い青色の光の粒子となって空気中に溶け込み、周囲の乾燥した空気を心地よく潤していくのだ。
「ふふっ、本当に水でできているのね。棘みたいに見えるところも、全然痛くない」
指の腹で、ツンツンとその背中を突っついてみる。
見た目は鋭い氷柱のような棘なのに、触れると極上のゼリーのようにぷるんとはじけ、指先にひんやりとした心地よい冷たさを残す。
『キューウ!』
もっと撫でてと言わんばかりに、小さな鼻をヒクヒクさせながら私の親指にすり寄ってくる姿は、愛らしさの塊だ。
祖国の暗い地下室では、生き物といえば時折現れる不気味な虫か、カビの生えた石の壁しか友達がいなかった。
自分の魔力から生まれ、私を慕って顕現してくれた、この純粋な精霊。
「あなたのお名前、どうしようかしら……」
首を傾げて、小さな真ん丸の黒い瞳を見つめ返す。
水滴が落ちる、あの心地よいリズム。
チク、タク、チク、タク。
「……『チクタク』。あなたの名前、チクタクはどうかしら?」
私がそう呼びかけた瞬間。
水色のハリネズミは、短い手足をピンと伸ばし、全身の水をキラキラと輝かせて、今日一番の甲高い鳴き声を上げた。
『キュキューッ!!』
「あははっ、くすぐったい! 気に入ってくれたのね、チクタク」
手のひらをよじ登り、私の手首に巻き付くようにして甘えるチクタク。
初めて得た、私だけの眷属。私だけの、小さな家族。
胸の奥から、温かくて甘い炭酸水のような感情がシュワシュワと湧き上がり、私の顔に自然と満面の笑みを咲かせる。
自分の存在が、誰かに――たとえ小さな精霊であっても――こんなにも無条件に肯定され、求められる日が来るなんて。
「……あ」
チクタクとじゃれ合っていた私は、ふと視線を感じて顔を上げる。
すぐ目の前に、レオンが立っていた。
いつの間にか私のすぐそばまで距離を詰めていた彼は、音もなく片膝をつき、私の顔をじっと見つめ下ろしている。
その猛禽類のような黄金色の瞳には、いつもの理知的な冷徹さは微塵もない。
代わりに渦巻いているのは、火傷しそうなほど熱く、そしてひどく甘く重たい、底なしの感情だ。
「レ、レオン様……? どうか、されましたか?」
彼から発せられる圧倒的な雄の気配に、私の心臓がドクリと大きく跳ねる。
レオンは何も答えない。
ただ、大きな手がゆっくりと伸びてきて、私の頬にかかる水色の髪をそっと耳の裏へと掻き分ける。
彼の指先が、私の耳たぶから首筋にかけて、羽で撫でるように微かに触れる。
チクタクの冷たさとは対極にある、剣士特有の熱を帯びた、火のような体温。
「……反則だ」
低く、掠れたバリトンボイスが私の鼓膜を震わせる。
「そんな風に、無防備で純粋な笑顔を見せられたら……俺の中の理性が、どうにかなってしまいそうだ」
「えっ……」
熱を帯びた指先が、私の顎先をそっと上へと持ち上げる。
至近距離で交わる視線。
彼の瞳の奥に燃えるのは、明確な『独占欲』。
砂漠の過酷な環境で民を導く冷徹な覇王が、今、私という一人の女の前でだけ、その強固な鎧を脱ぎ捨てようとしている。
「ルリア。君は本当に……自分の価値と、その危ういほどの愛らしさを、全く自覚していないんだな。その笑顔を俺以外の男に見せたら、俺はそいつの目を――」
彼が甘い警告を紡ぎ、その薄い唇が私の顔へと近づこうとした、まさにその瞬間だった。
『――カンッ!! カンッ!! カンッ!! カンッ!!』
突然、王城の分厚いガラス天井を突き破るほどの勢いで、けたたましい金属音が鳴り響いた。
それは、穏やかな空気を一瞬にして凍りつかせる、非常事態を告げる警鐘の音。
びくりと私の肩が跳ね、膝の上のチクタクも警戒するように背中の突起を逆立てて『ギチッ』と低い音を立てる。
「……チッ」
レオンが短く舌打ちをし、私に触れていた手を離してバッと立ち上がる。
その顔にはすでに甘い熱はなく、帝国を統べる冷徹な皇帝の仮面が完璧に張り付いている。
バンッ!!!
広大な屋内庭園の重厚な扉が、蹴り破られるような勢いで乱暴に開け放たれる。
そこに立っていたのは、銀色の髪を神経質そうに撫でつけた、細身で長身の男だ。
片眼鏡の奥の瞳には焦燥が浮かび、完璧にアイロンがけされた文官の制服は息を切らして乱れている。
この国の宰相であり、超現実主義者として知られるグレンだ。
「陛下! こんなところで油断されている場合ではありませんぞ!」
「騒々しいぞ、グレン。一体何事だ」
レオンがマントを翻し、低い声で威圧する。
しかし、グレンはそれに怯むことなく、血相を変えたまま大股でこちらへ歩み寄ってくる。
「非常事態です! 王都の南西、砂漠の地平線の彼方から、大規模な砂煙がこちらへ向かって急速に接近中! 見張り台の報告によれば……おびただしい数の『魔物の群れ』です!」
「魔物だと? この王都の結界を破ろうというのか」
「ええ! しかも奴ら、一直線にこの城の地下にある『大魔石』――我々の最後の命綱である貯水施設を狙って進軍しています! おそらく、昨晩……」
グレンの鋭い視線が、チラリと私の方へ向けられる。
「昨晩、国境付近の砂漠で発生した『異常な水魔力の爆発』……その純度の高い水の匂いを嗅ぎつけ、砂漠中の魔物が狂乱状態となって集結しているのです!」
ドクン、と。
私の心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように嫌な音を立てる。
昨晩、国境付近で発生した異常な水。
それは間違いなく、私がレオンの水筒に触れた時に起こしてしまった、あの無意識の魔法のことだ。
あの時、私が溢れさせてしまった大量の清らかな水が、砂漠の底で眠っていた飢えた獣たちを呼び覚ましてしまったというの?
「私、私のせいで……?」
血の気が引き、足の裏から急速に体温が奪われていく。
せっかく見つけた温かい居場所を、私の無力な力が、また壊そうとしている。
「自分を責めるな、ルリア! 君は何も悪くない!」
レオンが鋭い声で私の不安を断ち切り、腰に提げた長剣の柄にガシッと手をかける。
「グレン、防衛隊を直ちに南西の城壁へ配備しろ! 魔物の群れなど、俺が全てこの手で砂に還してやる!」
「すでに手配済みです。しかし陛下、群れの規模は過去最大! このままでは城壁の防衛魔石が保ちません……っ!」
グレンの悲痛な叫びをかき消すように、ドォォォンッ!という重い地響きが、王城の足元から微かに、しかし確実に伝わってくる。
いよいよ魔物の先陣が、王都の外壁に激突し始めたのだ。
『キュルルゥ……っ!』
私の腕の中で、チクタクが怯えたように小さく丸まる。
私は震える手でチクタクを抱きしめ、窓の外――砂煙が上がり始めた王都の空を、ただ青ざめた顔で見つめることしかできなかった。
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