シーン3:【精霊の顕現】私の魔力に吸い寄せられた、ぷるぷるの水色ハリネズミ
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
心の中に溜まっていた黒い澱をすべて涙に変えて流し尽くした私は、侍女たちの手によって見違えるほど美しい姿へと生まれ変わっていた。
幾重にも重ねられた、空のように澄み切ったブルーのシフォンドレス。
歩くたびにふわりと揺れる柔らかな裾が、大理石の床を滑るように擦れる音だけが静かな廊下に響いている。
パサパサに乾ききっていた水色の髪も、侍女たちが丁寧に梳かしてくれたおかげで、かつての艶やかな輝きを完全に取り戻し、背中でサラサラと揺れている。
「歩くペースは速くないか? まだ病み上がりなのだから、辛ければすぐに言うんだぞ」
隣を歩くレオンが、少しだけ歩幅を狭め、私を気遣うように顔を覗き込んでくる。
彼の大きく分厚い手が、私の細い指先を壊れ物でも扱うかのように、そっと優しく包み込んでエスコートしてくれている。
その心地よい温もりに、私の頬が自然と熱を帯びる。
「大丈夫です。むしろ、体が羽のように軽くて……自分でも驚いているくらいですから」
私の言葉に、彼はホッとしたように目尻を下げる。
本当に、不思議な感覚だった。
長年の地下室での幽閉生活で、私の身体はボロボロになっていたはずなのに。
国境を越え、祖国の魔石との繋がりが完全に断ち切られた今、私の体内には清らかな水魔力が尽きる事なくこんこんと湧き出し、衰弱しきっていた細胞の隅々にまで強烈な生命力を満たしてくれているのだ。
息を吸うだけで、空気が美味しいと感じるなんて、いつ以来だろう。
「そうか、ならよかった。君をずっと部屋に閉じ込めておくのも気が滅入るだろうと思ってな。少し城の中を案内しよう」
彼に連れられて歩く王城の内部は、華美な装飾こそ少ないものの、石造りの重厚で洗練された美しさを保っていた。
だが、窓から吹き込んでくる風はやはり乾燥しており、肌を撫でる空気には常に砂の匂いが混じっている。
しばらく歩き、やがて重厚な両開きの扉の前にたどり着く。
「ここは、我が城の『屋内庭園』だ。君の気晴らしになるかと思って連れてきたのだが……あまり期待はしないでくれ」
レオンが少しだけバツの悪そうな顔をして、巨大な扉を押し開ける。
ギィィィという重い音と共に扉が開かれ、天井が全面ガラス張りになった広大な温室のような空間が目の前に広がる。
だが、そこに足を踏み入れた瞬間、私は言葉を失い、思わず息を呑む。
頭上からは明るい太陽の光がたっぷりと降り注いでいるのに、庭園に広がる光景は、死の匂いに満ちていた。
見渡す限りの花壇はひび割れてパサパサに乾燥し、植えられている木々も完全に葉を落とし、茶色く立ち枯れている。
むせ返るような土埃の匂いと、カサカサに乾いた植物の残骸が風に揺れる音だけが、虚しく響いている。
「……ひどい有様だろう」
レオンが自嘲気味に呟き、枯れ果てた巨大な果樹の幹をそっと撫でる。
「深刻な水不足が続くこの国では、民の飲み水や生活用水を確保することが何よりも最優先だ。草花を生かすための余剰水など、一滴たりとも残されてはいない。かつてはここも美しい花が咲き誇っていたらしいが……俺の代になってから、庭園への給水を完全に絶った。すべては砂漠の熱に負け、枯れ果ててしまったよ」
その言葉を聞いて、私の胸の奥がキュッと締め付けられる。
民の命を優先し、自らの城の彩りを躊躇いなく切り捨てた彼。
それに比べて、私の祖国はどうだっただろう。
街の井戸の水位が下がろうと、干ばつで農地の作物が枯れかけようと、王族たちは決して城の巨大噴水を止めることはなかった。
『王家の威信』というくだらない見栄のために、私の命を削ってまで、無駄な水を天高く噴き上げさせ続けていたのだ。
「そんな……レオン様は、正しい決断をされたと思います。でも……」
私はふらふらと引き寄せられるように、庭園の片隅に置かれた小さな鉢植えの前に立つ。
土は完全に白く乾燥し、植えられている一本の小さな植物は、水分を失ってミイラのように縮れ、茶色く変色している。
今にも崩れ落ちてしまいそうな、痛ましい姿。
(可哀想に……。生きることを、許されなかったのね)
誰からも必要とされず、干からびていく運命。
それは、ほんの少し前まで砂漠で倒れていた私自身の姿と、どうしても重なって見えた。
私は無意識のうちにしゃがみ込み、ひび割れた土にそっと両手を添える。
そして、カサカサに乾いた小さな枝の先端に、自分の指先をそっと触れた。
『――ッ!?』
背後で、レオンが鋭く息を呑む気配がする。
その瞬間。
私の内側で静かに波打っていた澄み切った水魔力が、指先から極細の光の糸となって、枯れた植物の内部へと一気に流れ込んでいく。
ドクン、という心臓の鼓動に合わせて。
私の指先から溢れ出した淡い青色の光の粒子が、鉢植えの土を螺旋状に包み込む。
白く干からびていた土が、みるみるうちに水分を含んで黒く豊かな色へと変わり、ジュワァァァという心地よい音を立てて潤っていく。
「ルリア……君は、一体……」
レオンの震える声を背中に浴びながら、私は目の前で起きている奇跡から目を離せなかった。
パリパリに乾燥していた茶色い枝が、魔法のように鮮やかな緑色を取り戻していく。
枝の先端からぷっくりと柔らかな蕾が膨らんだかと思うと、ポンッ!という小気味よい音と共に、透き通るような青い花びらが幾重にも重なる、大輪の花が満開に咲き誇ったのだ。
「あ……」
咲き誇った青い花から、むせ返るような芳醇な甘い香りと、清涼な空気が庭園の一部を満たしていく。
枯れ木に命を吹き込むことなんて、本来の浄化魔法では絶対にあり得ない。
私自身が一番驚き、自分の指先を信じられない思いで見つめる。
だが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。
ポヨンッ!
突如、咲き誇った青い花の真上の空間が、水面に石を投げ入れたように微かに波打って歪む。
空間に満ちていた私の高純度な水魔力の残滓が、意思を持ったように空中で一点に集束し、ソフトボール大の水風船のように膨らみ始めたのだ。
そして、それはぽろりと、私の膝の上へと落ちてきた。
「きゃっ!?」
膝の上から伝わってくるのは、ひんやりとした水の冷たさと、信じられないほど柔らかな、ぷるんぷるんのゼリーのような感触。
恐る恐る視線を落とすと、そこには丸い水滴のようなフォルムをした、小さな生き物がうずくまっていた。
大きさは、私の両手ですっぽりと包み込める程度。
背中には、氷柱のように透き通った水色の無数の棘……いや、棘というよりは、ぷにぷにとした柔らかい水飴状の突起が密集している。
『キュウ……!』
小さな身体がモゾモゾと動き、丸まった背中がパカッと開く。
くりくりとした真ん丸で真っ黒な瞳が、私を見上げてパチパチと瞬きをした。
短い手足をパタパタと動かし、小さな鼻をヒクヒクとさせている。
まるで、全身が水でできた『水色のハリネズミ』のようなその生き物は、私のドレスをよじ登り、手のひらの上へとちょこんと乗り移ってきた。
『キュッ! キュッ!』
嬉しそうな高い鳴き声を上げながら、ハリネズミは私の親指に、そのひんやりとした柔らかい頬をすりすりと擦り寄せてくる。
私の皮膚から微かに漏れ出ている魔力を味わい、最高に心地よい場所を見つけたと言わんばかりの、甘えきった仕草。
「なにこれ……え、かわいい……っ」
あまりの愛らしさに、私の口から自然と声が漏れる。
指の腹でそっとその背中の突起を撫でてみると、水風船のようにぷるぷるとしていて、ひんやりと冷たくて、ものすごく気持ちがいい。
「……信じられない」
いつの間にか私の真後ろに立っていたレオンが、膝の上の小さな生き物を見て、完全に目を見開いて硬直している。
「レオン様、この子は一体……? 砂漠に住む動物ですか?」
「いや……違う。それは動物ではない。君が今放った極大の魔力波動に引き寄せられ、実体を持った……砂漠の『オアシス精霊』だ。神話の中にしか存在しないはずの高位精霊が、自ら眷属になるために顕現するだなんて……」
レオンの声は、畏敬の念で微かに震えていた。
精霊。
私の魔力に惹かれて、私に会いに来てくれた小さな命。
私が触れると、ハリネズミはさらに嬉しそうに『キュウウ』と鳴いて、私の手のひらの上でコロンと仰向けになり、無防備なお腹を見せてきた。
「ふふっ、くすぐったい……」
初めて自分に向けられる、純度百パーセントの好意と甘え。
私の顔に、自然と、心からの満面の笑みがこぼれ落ちる。
自分の居場所が、少しずつ、確かな輪郭を持ってこの国に形作られていくのを、私は確かに感じていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
ルリアのお返し(復讐)を「応援したい」と感じていただけたなら、
評価や感想を入れていただけると、とても励みになります。
あなたの応援が、この世界をもっと広げてくれます。
次回もぜひ、お会いしましょう。




