シーン1:【戦火のバルコニー】砂煙に沈む王都と、最前線で剣を振るう覇王
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ズンッ、ズズンッ……!
王城の最も高い尖塔に位置する、分厚い石壁に囲まれた避難室。
豪華な装飾が施された大理石の床を通して、地鳴りのような重低音が私の内臓を直接揺さぶってくる。
鼓膜を打つのは、遠く離れた城壁の方角から絶え間なく響いてくる爆発音と、金属が激しくぶつかり合う凄惨な摩擦音。
そして、獣たちが一斉に喉を鳴らしたような、背筋が凍るおぞましい咆哮だ。
「ルリア様、どうか窓辺から離れてください! 万が一、流れ弾や飛行する魔物が来たら危険です!」
血相を変えたメイドたちが、私の両腕を引いて部屋の奥へ連れて行こうとする。
しかし、私の足はバルコニーの縁から一歩も動かすことができない。
胸の奥で、腕の中に抱いた水色のハリネズミ――チクタクが『キュルルゥ……』と怯えたように身を竦め、その冷たい身体を私にすり寄せている。
チクタクを庇うように両腕で強く抱きしめながら、私は手すりにすがりつき、眼下に広がる絶望的な光景をただ青ざめた顔で見下ろすことしかできない。
王都をぐるりと囲む、巨大な防衛城壁。
その向こう側に広がる黄金色の砂漠は、今や完全に茶色く濁った、蠢く泥の海と化していた。
『ギチギチギチッ!』
『グオォォォォッ!』
土煙を巻き上げながら、波のように王都へ押し寄せているのは、おびただしい数の異形の群れだ。
鋼鉄のように黒光りする分厚い外殻を持ち、家屋ほどもある巨大なハサミを振り上げる大サソリの群れ。
渦巻く熱砂が意志を持って寄り集まり、人間の数倍の背丈にまで膨れ上がった砂のゴーレムたち。
さらには、空を埋め尽くすように飛び交う、巨大な蝙蝠の翼を持った魔鳥の群れまでが、城壁の内側――つまり、豊かな水脈の匂いがする王都の中心へ向かって、狂乱したように突撃を繰り返している。
「レオン様……っ」
私の視線は、砂煙が最も濃く立ち込める最前線の激戦区を、祈るように探しまわる。
いた。
絶望的な黒い波の最前線。
ただ一人、夜の闇を切り取ったような漆黒のマントを翻し、一騎当千の活躍を見せている覇王の姿が。
レオンの長身から立ち昇る、陽炎のような黒い闘気。
彼が身の丈ほどもある巨大な両手剣を横薙ぎに振るうたび、空間そのものが歪むような凄まじい衝撃波が生まれ、群がる巨大サソリの硬い外殻が、まるで薄い紙切れのように容易く両断されていく。
ザシュゥゥゥッ!
ドッガァァァァン!!
切り裂かれた魔物の体液が砂漠に撒き散らされ、直後に砂のゴーレムが彼の剣閃によって爆発したように崩れ去る。
圧倒的。まさに、戦神の如き強さ。
彼が剣を振るう一帯だけは、魔物の死骸が山のように積み重なり、決して王都への侵入を許していない。
しかし――。
「……数が、多すぎる」
絶望的な事実が、私のひび割れた唇から零れ落ちる。
レオンがどれだけ圧倒的な力で数十、数百の魔物を屠ろうとも、地平線の彼方から湧き出してくる魔物の群れは、後から後から無限に押し寄せてくるのだ。
まるで、乾ききった砂漠全体が、一つの巨大な意志を持って王都を飲み込もうとしているかのように。
『陛下! 右翼の防衛部隊が押し込まれています』
『結界の維持が限界です! 水魔石の残量が足りません』
遥か下方の城壁から、風に乗って兵士たちの悲痛な叫び声がバルコニーまで届いてくる。
ハッとして城壁を見下ろすと、都市を覆っているドーム状の青い防衛結界が、薄氷のようにパキパキと不気味な音を立て、今にも消え入りそうに明滅を繰り返している。
この砂漠の国では、攻撃魔法も防衛結界も、すべて貴重な『水魔石』を動力源としている。
その水魔石を満たす水は、ただでさえ日々の生活で枯渇寸前だったはずだ。
城壁の上で魔道兵器を構える兵士たちの動きが、明らかに鈍くなっている。
砲身に埋め込まれた青い魔石の光が、一つ、また一つと黒く濁り、完全に機能を停止していく。
武器を失い、恐怖に顔を引きつらせながらも、必死に槍を構えて城壁を死守しようとする兵士たち。
(私のせいだ……!)
ドクン、と。
心臓が嫌な音を立て、全身の血の気が引いていく。
グレン宰相が言っていた言葉が、呪いのように脳内でリフレインする。
『昨晩、国境付近の砂漠で発生した異常な水魔力の爆発。その純度の高い水の匂いを嗅ぎつけ、魔物が集結している』
私が、あの水筒から無意識に溢れさせてしまった、あの大量の清らかな水。
それこそが、砂漠の奥深くで眠っていた飢えた獣たちを狂乱させ、この国へと呼び寄せてしまった原因なのだ。
「私を助けてくれた人たちが……私のせいで、死んでしまう……っ」
手すりを握りしめる私の指先が、白く鬱血するほど力がこもる。
ガタガタと膝が震え、呼吸が浅くなる。
せっかく見つけた、私を人間として扱ってくれる温かい居場所。
私に綺麗なドレスを着せ、優しい言葉をかけてくれたメイドたち。
そして、私を「誰の道具でもない」と抱きしめ、呪縛から救い出してくれた、あの不器用で優しい覇王。
彼らが今、私の引き起こした過ちのせいで、血を流し、絶望的な戦いを強いられている。
なのに私は、こんな安全な場所から、ただ怯えて見下ろすことしかできない。
まただ。
祖国の地下室にいた時と同じ。
私は結局、誰かに守られ、誰かの犠牲の上にしか存在できない、無力で役立たずな存在なのだというのか。
『ギッ……ギャァァァァァッ!!』
その時、一際巨大な魔鳥が、弱まった結界の天井部分に強烈な体当たりを敢行する。
バァァァンッ!というガラスが砕け散るような甲高い轟音と共に、王都の空を覆っていた青い光のドームが、ついに完全に崩壊した。
「ああ……っ」
結界が破られた瞬間、城壁の上で歓喜の雄叫びを上げる魔物たちの濁った声が響き渡る。
防波堤を失った王都へ、砂煙と共に死の波がなだれ込んでいく。
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