シーン4:【祖国の究極の罪】暴かれた真実と、世界のタイムリミット
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「あいつらが……祖国が、この星に何をしたというのですか?」
悪臭を放ち、ゴボォ、ゴボォと不気味に泡立つ庭園の泉を背に、私は震える声でグレン宰相に問いかけた。
グレンは沈痛な面持ちのまま、懐から折りたたまれた分厚い羊皮紙を取り出し、私たちの前で広げた。
それは、王立魔導院が作成したという、大陸全土の『大地の水脈』の分布図だった。本来なら、人間の血管のように美しく網の目に広がっているはずの青い線が、ある一点――私の祖国である『干ばつ国』を中心にして、おぞましいほど強引にねじ曲がり、一点に集中して描かれている。
「ルリア様。本来、あなたの持つ『浄化の魔力』とは、澱んだ水を清め、再び大地へと還すための、星の循環を助ける力です。しかし、あの国の王族たちは……あなたを単なる浄化装置として使っていたわけではありませんでした」
グレンの指が、地図上の祖国の位置をトントンと重く叩く。
「彼らは、王城の地下深くに巨大な魔導陣を敷き、ルリア様の無尽蔵で強大すぎる魔力を『呼び水』として悪用していたのです。大陸全土を自然に巡るはずだった大地の水脈を、無理やり自国へと引き込むための……言わば、星の命を啜る『強欲な吸い上げポンプ』として」
「吸い上げ、ポンプ……?」
血の気が、サァッと全身から引いていくのが分かった。
私が、あの暗く冷たい地下室で、祖国の人々を潤すためだと信じて毎日必死に魔力を注ぎ込んでいたあの行為。
それは、他国の……この大陸中の大地から、本来行き渡るべきはずの水分と魔力を強引に奪い取る、恐ろしい強奪の片棒を担がされていたということなのだろうか。
「そんな……じゃあ、私は……私の力が、世界中の水を奪って……っ」
「違います、ルリア様! あなたは何も知らされず、ただ利用されていた被害者です!」
私が両手で顔を覆いそうになった瞬間、グレンが強い口調で私の言葉を遮った。
そして、隣に立つレオン様が、私の肩を抱き寄せ、その分厚い胸板に私を強く押し付けた。
「グレンの言う通りだ、ルリア。君は悪くない。悪いのは、君の優しさと力を悪用し、世界を犠牲にしてまで砂漠の真ん中で見栄を張り続けていた、あの愚か者どもだ」
レオン様の低く、力強い声が私の耳元で響く。彼の体温が、私の内側から湧き上がりそうになる黒い罪悪感を、必死に溶かそうとしてくれている。
「……では、なぜ今になって、大陸中の水脈が腐り始めたというのだ。奴らの国が滅びたのなら、吸い上げポンプとやらも止まり、水脈は元に戻るはずだろう」
レオン様が鋭い視線でグレンを射抜く。
グレンは苦渋に満ちた表情で、首を横に振った。
「限界だったのです。数十年にわたり、無理な偏りを強いられていた大地の水脈は、極限まで引き伸ばされた古いゴムのように硬化し、悲鳴を上げていました。そしてあの日……ルリア様が国境を越え、祖国の魔導陣との接続が物理的に『完全断裂』した」
グレンの言葉に、私はハッとして息を呑む。
私が、祖国を見限り、レオン様の手を取って国境線を越えた、あの日。
「極限まで張り詰めていた大陸中の水脈は、中心となるポンプを突如として失い、凄まじい反動を伴って一気に弾け飛びました。その結果、星の循環システムそのものが完全に崩壊したのです。今、各国の泉から噴き出しているこの赤茶色の泥は、長年行き場を失い、水脈の底に溜まり続けていた『魔力の澱み』が逆流したものです」
絶望的な真実が、重く、冷たく、その場にいる全員の肩にのしかかる。
私の祖国は、私という人間を使い潰そうとしただけでなく、その傲慢さの代償として、この世界の寿命そのものを破壊してしまったのだ。
「……タイムリミットは、いつまでだ」
レオン様が、感情を完全に押し殺したような、恐ろしく冷たい声で問う。
「魔導院の試算によれば……もって、あと三日。三日後には、この大陸から『清らかな水』は一滴残らず消滅し、大地の水脈は完全に死に絶えます。植物は枯れ、動物は倒れ……我々人類も、泥をすすりながら全滅するでしょう」
あと、三日。
たったそれだけで、私が愛したこの美しい国も、温かい人々も、すべてが干からびて死んでしまう。
私の腕の中で、完全に赤茶色の泥と化したチクタクが、ピク……ピク……と、最期の時を待つように弱々しく痙攣している。
星が、死にかけているのだ。
「ふざけるな。……防ぐ手立てはあるんだろうな、グレン」
「……理論上は、一つだけ」
グレンは一度言葉を切り、酷く躊躇うように私から視線を逸らした。
「大陸の遥か北。かつてすべての水脈の起点であったとされる『聖なる源泉』に赴き、現在逆流している大陸中の澱みをすべて真っ向から受け止め、一気に洗い流すほどの……神域に近い、途方もない質量の『浄化魔力』を源泉の心臓部に直接叩き込む。それしか、循環を再起動させる方法はありません」
「……ならば、俺が軍を率いてそこへ行く。魔導院の魔導士を全員連れていけ」
「不可能です、陛下。先ほどルリア様の浄化すら弾き返されたのを見たでしょう。あれはもはや、凡百の魔導士が何万人集まろうと太刀打ちできる代物ではありません。あれを浄化できるのは、世界でただ一人……」
グレンの震える声が、途切れる。
言わなくても、分かっていた。
世界を滅ぼすほどの呪縛を解き放てるのは、その呪縛の核として使われていた、私自身の無尽蔵の魔力だけなのだと。
「……っ、莫迦なことを言うな!!」
レオン様の怒号が、腐臭の漂う庭園をビリビリと震わせた。
彼は私を抱きしめる腕の力をさらに強め、グレンを、いや、世界そのものを睨みつけるように吠えた。
「その浄化をルリア一人で行えば、どうなるかくらい俺にも分かる! 大陸全土の澱みを押し返す反動が、すべてルリアの細い身体に跳ね返ってくるということだろう! 命の保証など、どこにもないじゃないか!」
「レオン、様……」
「させない。絶対にさせない! 俺は君を救うために、君を幸せにするためにこの国へ連れてきたんだ。ようやくあの地獄から抜け出して、君が笑ってくれるようになったというのに……今度は、世界の身代わりに命を捨てろというのか! そんなこと、俺が許すはずがない!」
レオン様の悲痛な叫びに、私の胸の奥がギュッと締め付けられる。
私を誰よりも大切に思い、世界が滅びることよりも、私が傷つくことを恐れてくれているこの人。
祖国の人間たちとは対極にある、見返りを求めない、純粋で激しい愛。
だからこそ。
(……私は、あなたを守りたい)
私はゆっくりと、レオン様の胸の中から顔を上げた。
恐怖はなかった。
かつて地下室で死を待っていた時のような、暗く惨めな絶望感は、今の私には欠片も存在しない。
「ルリア……?」
「レオン様。私を、北の『聖なる源泉』へ連れて行ってください」
私の静かな、けれど決して揺るがない声に、レオン様が息を呑む。
私は彼の頬にそっと手を添え、真っ直ぐにその黄金色の瞳を見つめ返した。
「これは、誰かに強制された犠牲ではありません。私自身の『わがまま』です。……あなたが統べるこの美しい国が、あなたと共に笑う優しい人たちが、泥をすすって死んでいくのを、私は黙って見ていることなんてできません」
「だめだ……君を失って生き残るくらいなら、世界など滅びればいい!」
「滅びさせません。私が、あなたが生きていく明日を、必ず守ります」
私の意志は、すでに定まっていた。
かつては誰かの道具として搾取されるだけだった私の力。
それを今、私が心から愛する人のために、私自身の『自由な選択』として使い切る。
それは、私を苦しめ続けた祖国への、そして私の運命そのものに対する、最大の反逆なのだ。
世界のタイムリミットまで、あと三日。
私は愛する人の手を取り、死にゆく星を救うための、最後の決戦の地へと向かう決意を固めた。
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