シーン3:【死にゆく大地】世界規模の枯渇と、宰相の凶報
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「濁ったのは……この城の泉だけではありません……!」
息を呑むような沈黙が落ちた屋内庭園に、グレン宰相の悲痛な叫びが木霊する。
普段はいかなる時も冷静沈着で、片眼鏡の奥に理知的な光を宿している彼が、今はまるで死神に宣告を受けたかのように顔面を蒼白に引きつらせ、肩で荒い息をしている。
「どういうことだ、グレン。落ち着いて報告しろ」
レオン様が長剣を下段に構えたまま、鋭く、しかし努めて冷静な声で問いただす。
グレン宰相はゴクリと唾を飲み込み、震える手で持っていた報告書を強く握りしめた。
「たった今、王都全域、および帝国各所の監視拠点から緊急の伝令が相次いで飛び込んできました。……ルリア様がもたらしてくださった王都の地下水脈、街の井戸、さらには新しく開拓された農地の水路に至るまで。そのすべてが、同時刻に突如として『赤茶色の汚泥』へと変貌を遂げたとのことです!」
――ドクン。
私の心臓が、嫌な音を立てて冷たく跳ねた。
この王城のオアシスだけではない? 私があの日、命を懸けて満たしたこの国の水が、すべて一瞬にして腐り落ちてしまったというの?
「被害は水だけではありません。濁った水を吸い上げた植物は一瞬にして黒く枯れ落ち、その水を飲んでしまった家畜や民衆の一部が、激しい吐き気と高熱を訴えて次々と倒れていると……! 浄化の魔導具も一切効果がなく、街はすでに大パニックに陥っております!」
「なっ……」
レオン様が絶句し、険しい顔で舌打ちをする。
「民の避難と救護を最優先しろ! 決してその泥水に触れさせるな。……だが、おかしいだろう。ただの毒や呪いで、これほど広範囲の水脈が同時多発的に汚染されるはずがない。水源に毒を盛られたという次元の話ではないぞ」
「おっしゃる通りです、陛下。さらに恐ろしいのは……」
グレン宰相が、絶望の底を覗き込むような暗い瞳で、私とレオン様を交互に見つめた。
「我が国の諜報部からの報告によれば、この異変は我が帝国だけの問題ではないようです。西の山岳国、南の群島国家……つまり、この『大陸全土』の水脈が、今まさに同じように濁り、枯れ始めているのです」
「大陸全土、だと……?」
「はい。王立魔導院の学者たちが、魔力観測儀の異常な数値を解析した結果、一つの恐るべき結論を叩き出しました。これは単なる水不足や汚染ではありません。星の生命線そのものである『大地の水脈』が……完全に機能不全に陥り、死にかけているのです!」
大地の水脈。
それは、目に見える川や湖ではなく、この星の地下深くを網の目のように巡り、すべての命に魔力と水分を供給している巨大な循環システムのことだ。
それが死にかけている。
その言葉の意味する絶望的なスケールに、私は目眩を覚え、思わずその場に崩れ落ちそうになる。
「ルリア!」
レオン様の力強い腕が、倒れかけた私の肩をしっかりと抱きとめる。
「あ、ああ……どうして。どうしてこんなことに……っ」
私の腕の中で、赤茶色に濁りきったチクタクが、ピク、ピクと虫の息で痙攣している。
オアシスの精霊であるチクタクは、この星の大地の水脈と直接繋がっている存在だ。だからこそ、水脈そのものが腐敗し、死に向かっている今、チクタクの小さな命もまた、大地と共に消えようとしているのだ。
「私が……私が生み出した水が、大地を毒してしまったの……? 私の魔力が、この星を壊して……っ」
ガタガタと震える唇から、恐怖に満ちた言葉がこぼれ落ちる。
もしそうなら、私はこの国を救うどころか、世界を滅ぼす引き金を引いてしまった大罪人だ。
あんなに喜んでくれた街の人たちが、私の水のせいで苦しんでいる。
その事実が、かつて祖国の地下室で「お前は疫病神だ」と罵られ続けた過去のトラウマを呼び覚まし、私の心を黒い沼へと引きずり込もうとする。
「自分を責めるな、ルリア!!」
バシッ!と。
レオン様が私の両肩を強く掴み、真っ直ぐに私の瞳を覗き込んだ。
その黄金色の瞳には、一切の疑念も、私を責める色もなかった。
「君の魔力は、どこまでも澄み切っていた。それは俺が、そしてこの国の民全員が知っている! 君のせいであるはずがない。絶対にだ!」
「でも、レオン様……っ、私の浄化が、弾き返されたんです。大地が、私を拒絶している……!」
「それは君の力が原因じゃない。君の力が『何か』に阻害されているだけだ。……そうだろう、グレン?」
レオン様が鋭い視線をグレン宰相へと向ける。
グレンは沈痛な面持ちで、重く頷いた。
「陛下の仰る通りです、ルリア様。どうかご自身を責めないでください。魔導院の学者たちは、大地の水脈が死にかけている『明確な原因』をすでに突き止めています」
「原因……?」
「はい。そしてそれは、他でもない。ルリア様を不当に搾取し続けていた、あの愚かな『干ばつ国』……ルリア様の祖国が、数十年にわたって犯し続けてきた、星に対する『究極の大罪』が引き起こしたものなのです」
グレンの口から飛び出した「祖国の大罪」という言葉に、私は息を呑む。
ボロボロになり、砂漠の砂に還っていったあの愚か者たちが、世界を巻き込むほどの何をしたというのか。
赤茶色の泥水がゴボォッと不吉な音を立てる庭園で、私たちは大陸の命運を左右する、恐るべき真実と直面しようとしていた。
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