シーン4:【断絶の宣言】「もう、私には関係のない国です」と、絶対的な制裁の始まり
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ジジジジッ……フッ。
小さなノイズ音を最後に、執務室の空中に浮かんでいた凄惨な映像がふっと掻き消える。
グレン宰相が水晶玉への魔力供給を断ったのだ。
王城に響き渡っていた暴徒の怒号も、ザイードの無様な命乞いも、すべてが幻だったかのように消え去り、部屋には再び静寂が舞い降りる。
鼓膜を打つのは、規則正しく時を刻む柱時計の音と、私の膝の上で『チク、タク』と水滴をこぼしながら遊ぶチクタクの心地よい鳴き声だけ。
分厚い絨毯に吸い込まれるような静けさの中、私はただじっと、映像が消えた何もない空間を見つめていた。
「……ルリア」
不意に、背中から私をすっぽりと包み込んでいるレオンが、ひどく静かな、探るような声で私の名を呼んだ。
彼の大きな手が私の腰を抱き寄せる力が、ほんの少しだけ強くなる。
「あんな無惨な姿になろうと、あそこは君が生まれ育った故郷だ。……もし君が、あの愚か者どもを助けたいと望むなら」
レオンは私の耳元で、言葉を慎重に選ぶようにして紡ぐ。
「君が泣いて頼むなら、俺はすぐに帝国軍を動かし、暴徒を鎮圧してあいつらの命を救ってやってもいい。君には、それだけの奇跡をこの国にもたらした権利があるんだからな」
その言葉に、私はゆっくりと瞬きをする。
彼が私の心を試しているわけではないことは、背中から伝わってくる彼の体温と、強張った筋肉の動きから痛いほどに伝わってくる。
彼は純粋に、私が過去の情に引きずられ、故郷の滅亡に心を痛めているのではないかと心配してくれているのだ。
あの非道な仕打ちを受けた後でも、私が彼らを助けたいと願うお人好しなら、私の意志を最優先して軍を動かしてくれると。
私は小さく息を吸い込み、レオンの腕の中でゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。助ける必要なんて、どこにもありません」
私の口からこぼれた声は、自分でも驚くほど凛として、澄み切っていた。
胸の奥を探ってみても、ザイードやアリス、そして祖国に対する同情や未練は、砂粒一つほども残っていない。
ただの、見知らぬ他人の自業自得の末路を見せられたような、完全なる無関心。
「あの国が干からびたのは、彼ら自身が傲慢さと見栄のために、限りある魔力を湯水のように浪費し続けたからです。私がしたことは、ただ『これ以上搾取されるのをやめた』というだけ。あの国はもう……私には何の関係もない、遠い異国です」
私は膝の上のチクタクをそっと撫でながら、振り返ってレオンの黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「私の力も、私の命も。これからはすべて……あなたと、この砂漠の国の人たちのために使います。私を必要とし、ただの人間として愛してくれたこの場所こそが、私の本当の帰る場所ですから」
一片の迷いもない、私の完全なる断絶と決意の宣言。
それを聞いた瞬間、レオンの猛禽類のような瞳が、驚きに見開かれる。
そして次の瞬間、その黄金色の瞳の奥に、火傷しそうなほど熱く、どろりとした極上の甘い熱が急速に燃え上がった。
「っ……あ」
レオンの大きな手が私の顎をそっと掬い上げ、逆らう隙も与えずに、彼の顔が急接近する。
重なる唇。
それは触れるだけの軽いキスではなく、私の魂ごと吸い尽くそうとするかのような、深く、激しく、圧倒的な独占欲に満ちた口づけだった。
「んっ……レオン、様……っ」
私の口から、熱っぽい吐息が漏れる。
サンダルウッドの香りが鼻腔を支配し、彼の力強い腕が私の背中を抱きすくめ、逃げ場を完全に奪っていく。
頭の芯がジンジンと痺れ、思考が真っ白に塗り潰されていく。
『キュ、キュウ……?』
膝の上のチクタクが、突然の甘い空気に戸惑ったのか、短い手で自分の両目を「見ちゃだめ」とばかりに覆い隠す。
どれくらいの時間、そうして口づけを交わしていたのだろうか。
私が息継ぎもできずに彼の胸元をトントンと軽く叩くと、レオンはようやく名残惜しそうに唇を離した。
「……反則だ。そんな真っ直ぐな瞳で、俺だけのものになると宣言されて、理性を保てる男がこの世にいると思うか」
銀の糸を引きながら、レオンが掠れた声で熱く囁く。
彼の額が私の額にコツンとすり寄せられ、その瞳には隠しきれない歓喜と愛情が溢れ返っている。
顔中が火が出そうに熱い。私は彼の胸元に顔を埋め、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「……ゴホン。お熱いところ大変恐縮ですが、よろしいでしょうか」
その極上に甘い空気を、わざとらしい咳払いが容赦なく切り裂く。
執務机の前に立っていたグレン宰相が、片眼鏡を中指でくいっと押し上げながら、冷ややかな、しかしどこか楽しげな視線をこちらへ向けていた。
私はハッとして身を固くするが、レオンは全く悪びれる様子もなく、私を抱きしめたままグレンを睨みつける。
「なんだ、グレン。俺は今、ルリアの愛らしい言葉の余韻を味わうのに忙しいんだが」
「ええ、存じております。ですが、ルリア様が完全に過去と決別された今、我が帝国としても『次の手』を打つ絶好の機会かと存じまして」
グレンの口元に、ぞくりとするような不敵で冷酷な笑みが浮かぶ。
彼は背筋を伸ばし、手にしていた書類の束を執務机の上へパサリと置いた。
「ルリア様の神聖なる魔力により、我が国の地下水脈は完全に満たされ、今や天文学的な量の水資源が溢れ返っております。そこで提案です。喉の渇きに喘ぎ、国家崩壊の危機にある哀れな隣国へ……我が国から、慈悲深い『水資源の輸出』を行ってはいかがでしょうか」
「……輸出、だと?」
レオンが片眉を上げる。
グレンは片眼鏡をキラリと光らせ、さらに言葉を続ける。
「はい。無論、タダではありません。彼らが今すぐ喉を潤すための水一樽につき、金貨百枚。いや、彼らの王城の宝物庫にある国宝や、有益な魔導具、さらには領土の割譲を条件とする『法外な価格』での取引です」
ドクン、と私の心臓が鳴る。
それは、助け舟などではない。
水を完全に掌握した強者の立場から、枯渇した弱者からすべてをむしり取る、絶対的で完全なる『経済制裁』の宣言だ。
「彼らは買わざるを得ないでしょう。なぜなら、その水を買わなければ三日と持たずに暴動で全員死ぬのですから。かつてルリア様を無価値と切り捨てた彼らが、ルリア様がもたらした水にすがりつき、国の全財産を差し出して地面に這いつくばる……完璧な外交政策かと」
冷徹な宰相の提案に、レオンは喉の奥で低く、覇王としての恐ろしい笑い声を上げた。
「……悪くない。俺の大切な宝物を傷つけた愚か者どもには、ふさわしい罰だ」
レオンは私の肩を抱き寄せ、冷酷な目でグレンへ頷く。
「直ちに国境の使者を送れ。取引に応じなければ水は一滴もやらん。せいぜい、自分たちの傲慢さの代償を、泥水をすすって支払わせろ」
「御意に」
グレンが深く一礼する。
私を散々虐げてきた祖国が、今度は私を必要とする国によって、完全に首根っこを掴まれようとしている。
その圧倒的な逆転劇の幕開けを、私はレオンの温かい腕の中で、ただ静かに、確かな安心感と共に聞き届けていた。
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