シーン3:【暴動と泥沼】機能を停止した防衛線と、絶望する王太子
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キィン……ジジジジッ。
空中に浮かぶ水晶玉の映像が、砂嵐のようなノイズと共にぐにゃりと歪む。
場面が王城の中庭から、上空を滑空する鳥のような視点へと切り替わり、祖国の王都全体のパノラマが映し出された。
「……ひどい」
思わず、私の口から短い言葉がこぼれ落ちる。
かつては豊かな水路が網の目のように張り巡らされ、緑の並木道が美しかったはずの王都。
しかし、映像に映るその街並みは、まるで何百年も放置された廃墟のように完全に生気を失っていた。
街中に通っていた水路は干上がり、底に溜まった泥すらも亀裂だらけに乾燥している。
郊外に広がる広大な農地も、青々としていた作物がすべて黄色く立ち枯れ、風が吹くたびに乾いた土埃がもうもうと舞い上がっていた。
『水だ! 水をよこせェッ!』
『城にはまだ隠し持っているはずだ! 俺たちを見殺しにする気か!』
映像から飛び出してきた地鳴りのような大音声に、私の膝の上で丸くなっていたチクタクが『ビクッ』と小さな身体を震わせる。
「大丈夫よ、チクタク。怖くないわ」
私はチクタクの冷たい背中を優しく撫でながら、映像の先へと視線を向ける。
カメラの視点が急速にズームし、王城の巨大な正門前を映し出した。
そこに群がっていたのは、魔物の群れではない。
水を求めて完全に暴徒と化した、数千、数万という祖国の市民たちだった。
彼らの目は極限の渇きと飢えで血走り、手には農具や松明、石などのあり合わせの武器が握りしめられている。
頬はこけ、唇はひび割れ、誰もが喉から血を吐くような悲痛な叫び声を上げながら、王城の分厚い鉄門をガンガンと叩き壊そうとしていた。
『貴様ら、王城への反逆だぞ! 直ちに武装を解除し、散会しろ!』
門の内側で、フルプレートの鎧に身を包んだ近衛兵の隊長が、声を張り上げて威嚇する。
彼らの手には、祖国の軍事力を象徴する最新鋭の『魔導銃』が握られている。
引き金を引けば、圧縮された水魔力が水の弾丸や衝撃波となって発射される、強力な兵器だ。
普段であれば、その銃口を向けられただけで市民は怯え、ひれ伏すはずだった。
『撃て! 威嚇射撃だ、奴らの足元を狙え!』
隊長の号令に従い、一列に並んだ数十人の近衛兵が一斉に魔導銃の引き金を引く。
――カチッ。カチカチカチッ。
しかし。
響き渡ったのは、空虚で乾いた金属の撃鉄音だけだった。
『なっ……!? なぜ撃てない!』
『た、隊長! 銃に組み込まれた水魔石が……完全に空っぽです! マナを一滴も吸い上げません!』
パニックに陥った兵士たちが、銃の機関部をバンバンと叩く。
当然だ。
その銃を稼働させるための魔力は、誰あろうこの私が、城の地下から見えない糸で絶えず送り込み続けていたのだから。
私が消え、大元の魔力供給が断たれた今、彼らの構えている最新鋭の武器は、ただの重たい鉄の筒でしかない。
『魔導兵器が動いてねぇぞ!』
『奴ら、魔法が使えないんだ! 押し通れェェッ!』
近衛兵たちの狼狽を見た市民たちが、歓喜にも似た怒号を上げ、さらに激しく門に体当たりを開始する。
ギギギギィッ……!という嫌な金属音と共に、絶対に破られないと豪語されていた王城の正門が、内側へと大きくひしゃげ始める。
『ひぃっ! さ、下がれ! 門が突破されるぞ!』
『武器がなければ戦えん! 逃げろォッ!』
あんなに威張り散らしていた近衛兵たちが、武器を放り出し、我先にと城の奥へと逃げ惑う。
訓練された兵士としての誇りなど、そこには欠片も残っていない。
水と魔法という絶対的な力を失った彼らは、ただの怯える子供の群れと同じだった。
映像の視点が再び切り替わり、今度は王城のバルコニーを見下ろす角度になる。
そこにいたのは、中庭から逃げ出してきたザイードだった。
『な、なぜだ……なぜ防衛機構が作動しない! 城壁の魔導結界はどうした!』
ザイードはバルコニーの手すりにすがりつき、眼下で門を破ろうとする暴徒の群れを見下ろしながら、恐怖に顔を引きつらせている。
『殿下、もう終わりです! 水魔石がすべて機能を停止しました! この城の防御力はゼロです!』
『馬鹿なことを言うな! 噴水の石が砕けただけで、武器の魔石まで動かなくなるはずがないだろう! ルリアの奴が少し浄化をサボったくらいで、こんな……っ』
彼はまだ、理解していないのだ。
あるいは、認めたくないだけなのかもしれない。
私がただの『浄化係』などではなく、この国のすべて――王都の防衛、市民の生活、兵器の稼働に至るまでの全魔力をたった一人で背負っていた、真の『心臓』であったという事実を。
『喉が渇いた……誰か、水を……俺は王太子だぞ……ッ!』
ザイードはついにバルコニーの床に膝をつき、カラカラに乾いた喉を両手で掻きむしりながら、喘ぐように命乞いを始める。
かつて私を『砂漠で干からびろ』と嘲笑い、蹴り飛ばした男。
その男が今、自らの言葉の通りに、干からびた城の中で暴徒の足音に怯え、水の一滴を求めて無様に泣き叫んでいる。
(……ああ。なんて、滑稽で、哀れな人たち)
映像を見つめながら、私は自分の内側にあった、彼らに対するわずかな恐怖すらも完全に霧散していくのを感じた。
彼らは、本当に何も持っていなかったのだ。
私が与え続けていた無償の恵みを、自分たちの実力だと勘違いし、湯水のように浪費して、傲慢にふんぞり返っていただけの空っぽな人々。
私がいなければ、暴動一つ鎮圧できず、水一滴飲むことすらできない。
「ルリア。君が背負わされていたものの重さが、これでよく分かっただろう」
背後から私を包み込んでいるレオンが、私の耳元で低く囁く。
彼の分厚い手が、私の水色の髪を優しく梳くように撫で下ろす。
「君は『ただの浄化係』などでは決してない。あの巨大な国のすべてを、その細い腕一本で生かしていた、途方もない存在だ。彼らは自らの手で、国家の命綱を切り捨てたんだ」
「……はい」
私は静かに頷き、膝の上のチクタクをそっと抱き上げる。
チクタクのひんやりとした感触と、レオンの力強い鼓動。
過去の呪縛が完全に解け、私の心は今までにないほど澄み切っていた。
もう、あの国に私の居場所はない。
そして、あの国を救わなければならない義理も、これっぽっちも残ってはいないのだ。
空中に浮かぶ水晶の映像の中で、ついに王城の正門が轟音と共に破られ、暴徒の波が城内へと雪崩れ込んでいく光景が映し出される。
ザイードの絶望に満ちた悲鳴が響き渡る中。
私はただ冷たい目で、かつての祖国が完全に崩壊していく様を、最後まで見届けていた。
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