シーン2:【暴かれるメッキ】水一滴すら出せない偽聖女と、干からびた王城
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キィン……という甲高い耳鳴りのような音と共に、水晶玉から放たれたまばゆい光が、執務室の空中に四角い窓のような映像空間を切り取る。
空中に浮かび上がったのは、蜃気楼のように薄らと揺らめく、見覚えのある場所の光景だ。
白亜の大理石で敷き詰められ、色とりどりの薔薇が咲き誇っていたはずの、我が祖国の王城の中庭。
しかし、そこに投影された光景は、私の記憶にある華やかなものとは完全に別物だった。
薔薇の花壇は完全に水分を失い、茶色く縮れて無惨に枯れ果てている。
庭を彩っていた美しい大理石の床は、舞い上がった土埃と砂で薄汚れ、無数のひび割れが走っている。
そして何より私の目を引いたのは、中庭の中央にそびえ立っていたはずの、王家の権力の象徴――巨大な噴水だ。
あの日、私が国境を越え、魔力の供給線を断ち切った瞬間に爆け散った噴水は、修復されることもなく、無惨な瓦礫の山と化して放置されていた。
「……これが、あの国の現在ですか」
私の口から、驚くほど冷たく、平坦な声が漏れる。
映像からは音も拾える魔導具らしく、ザアアアという乾いた風の音と、どこか遠くで響く人々の怒号のようなものが微かに聞こえてくる。
『おい! アリスはどこだ! 早くあいつをここに連れてこいッ!』
不意に、映像の奥にある回廊から、ヒステリックな怒声が響き渡る。
ドタドタという品のない足音と共に中庭へ転がり込んできたのは、ひどく見すぼらしい姿の青年だった。
金糸を紡いだようだと称賛されていた金髪は、汗と土埃でベタベタに張り付き、神経質そうに掻きむしられた痕がある。
頬はこけ、目の下には濃い隈が浮かび、かつての傲慢な光を宿していた碧眼は、今や極度の疲労と恐怖で血走っていた。
豪華な仕立てだったはずの王太子の衣装も、汗ジミで汚れ、シワだらけになっている。
「ザイード……」
私がその名を呟くと、背後で私を抱きしめているレオンの腕が、微かにピクリと反応する。
『殿下! お待ちください、殿下ァ!』
『うるさい、離せ! 喉が渇いて死にそうだ……水だ、一滴残らずあの女に水を出させろ!』
近衛兵にすがりつかれながらも、ザイードは狂乱したように中庭を歩き回る。
その直後、回廊の奥から、二人の侍女に両脇を抱えられ、引きずられるようにして一人の少女が中庭へ引っ張り出されてきた。
『いやぁっ! 離して、私のドレスに触らないでよぉっ!』
派手なピンク色の髪を振り乱し、甲高い悲鳴を上げているのは、あのアリスだ。
彼女の姿もまた、数日前とは打って変わって悲惨なものだった。
いつも完璧に施されていた化粧は、汗と涙でドロドロに崩れ、目の周りが黒く汚れている。
着ているドレスは、洗濯する水すらないためか、あちこちが薄汚れ、すえたような悪臭が映像越しにまで漂ってきそうなほどだ。
『アリス!』
ザイードが血走った目で彼女を睨みつけ、大股で歩み寄る。
そして、彼女の細い肩を両手で乱暴に掴み、前後に激しく揺さぶった。
『出せ! 今すぐお前のその聖女の力で、水を出せ! 噴水の魔石が砕けてから三日、城の貯水庫も完全に底をついた! ワインも果実水も、一滴も残っていないんだぞ!』
『い、痛いですわ殿下……っ! 離してください!』
『口答えするな! さっさとあの夜会で見せたような、美しい水球を出せばいいだろうが! お前は真の聖女なんだろうがッ!』
ザイードの怒号が、ひび割れた中庭に虚しく響き渡る。
アリスは恐怖に顔を引きつらせながら、震える手でザイードの胸板を押し返そうとする。
その彼女の細い指先には、あの日と同じく、鈍い光を放つ『黒い指輪』が嵌められていた。
『わ、わかっていますわ! 出せばいいんでしょう、出せば!』
アリスは半ばヤケクソのように叫び、ザイードから距離を取って両手を前に突き出す。
そして、これ見よがしに指先をパチンと弾いた。
映像越しに見ている私には、彼女の指先にある黒い指輪が、周囲の空間から『魔力』を強制的に吸い上げようと、微かに脈動するのがはっきりと見えた。
――しかし。
『……え?』
アリスの指先からは、何一つ起こらなかった。
ソフトボール大の水球どころか、小さな水滴一つ、光の粒子一つすら発生しない。
『ど、どうして……っ!?』
アリスは焦ったように、何度も何度も指をパチン、パチンと弾き続ける。
だが、結果は同じだ。
あの指輪は、あくまで『空間に漂う残留魔力』を吸い上げて変換するだけの呪具に過ぎない。
私がこの城の地下に幽閉され、絶えず無尽蔵の魔力を垂れ流していたからこそ、彼女の指輪は機能していたのだ。
私が消え、城内の水魔石もすべて砕け散った今、このカラカラに乾いた空間には、指輪が吸い上げるためのマナなど一滴たりとも残されてはいない。
『なんで……なんで何も出ないのよぉッ!』
パニックに陥ったアリスが、自分の指に嵌まった黒い指輪をガリガリと爪で掻きむしる。
その滑稽な姿を、ザイードは口を半開きにしたまま、信じられないというように見つめていた。
『アリス……お前、まさか……』
『ち、違います! これは、空気が乾燥しすぎているせいで……っ! そうよ、ルリアのせいですわ! あの役立たずの女が浄化をサボっていたから、城の空気が汚れているんです!』
この期に及んで、彼女は存在しない私のせいにして自己正当化を図ろうとする。
その見苦しい言い訳を聞いた瞬間。
ザイードの顔からスッと表情が抜け落ち、次の瞬間、凄まじい怒りに顔が真っ赤に染まった。
『ふざけるなァァァァァッ!!!』
バキィッ!!
鈍い打撃音が響いた。
ザイードの裏拳が、アリスの頬を容赦なく打ち据えたのだ。
『きゃああっ!』という短い悲鳴と共に、アリスの身体が枯れた花壇の土の上へと無様に転がり落ちる。
『痛いっ……な、何をするんですの殿下!』
『騙したな! 貴様、俺を騙していたのか! 聖女の力など持っていない、ただのペテン師だったというのかァッ!』
ザイードは倒れ込んだアリスの上に馬乗りになり、彼女のドレスの胸ぐらを両手で締め上げる。
『お前が「私は水を出せる」と唆すから! ルリアを追放しても問題ないと言うから、俺はあいつを捨てたんだぞ! なのに、コップ一杯の水すら出せないだと!? この国をどうするつもりだ、俺を干からびさせて殺す気か!』
『げほっ、ぐ、苦しい……っ! 殿下の、馬鹿! 私のせいじゃありません! ルリアを追放すると決めたのは、殿下ご自身ではありませんか!』
『黙れ、黙れ、黙れェッ!! この役立たずの偽物め!!』
首を絞められながらも必死に抵抗し、ザイードの顔を爪で引っ掻くアリス。
顔に血の筋を作りながら、アリスの頭を何度も土埃の舞う地面に叩きつけるザイード。
かつて、豪奢なシャンデリアの下で私を見下し、永遠の愛と繁栄を誇示していた二人の姿はどこにもない。
そこにいるのは、極限の渇きと責任逃れの果てに、ただ醜く互いを罵り合い、傷つけ合うだけの、滑稽で哀れな獣の姿だった。
(……なんて、見苦しいのかしら)
私は冷え切った心で、その狂騒の映像を眺めていた。
怒りも、悲しみも、もはや微塵も湧いてこない。
ただ、今までこんな愚か者たちを恐れ、顔色を窺って生きてきた過去の自分が、少しだけ可哀想に思えただけだ。
彼らは私がいなければ、水一滴すら自力で生み出すことができない、本当に無力な寄生虫だったのだと、今ならはっきりと理解できる。
「見ろ、ルリア。これが、君をないがしろにした者たちの、みすぼらしい本当の姿だ」
レオンの大きな手が、私の頭をそっと撫でる。
その声には、映像の二人に対する絶対的な冷笑と、私に対する深い慈しみが同居していた。
「彼らは自分たちの力で繁栄していると錯覚していた。だが、その足元を支えていたのは、誰であろう君の無償の愛と魔力だったんだ。それを自ら手放したのだから、こうなるのは必然の理というものさ」
レオンの体温が背中から伝わってくる。
私の膝の上では、チクタクが映像の中の怒声に怯えることもなく、『キュウ?』と首を傾げて、私の指先を甘噛みして遊んでいる。
この温かくて優しい現実と比べれば、水晶の中に映るあの干からびた地獄など、まるで別世界の出来事のように遠く感じられた。
『離せっ! 私は未来の王妃よ! こんな泥水も出ない城、こっちから願い下げだわ!』
『逃がすか! 貴様は俺を騙した大罪人だ! 衛兵、こいつを地下牢へぶち込め! 水も食い物も一切与えるな!』
『いやぁぁぁっ! 殿下の嘘つき! 人殺しぃぃっ!』
映像の中で、衛兵に引きずられていくアリスの絶叫が遠ざかっていく。
残されたザイードは、髪を振り乱したまま、枯れた噴水の残骸に崩れ落ち、頭を抱えて狂ったように笑い始めた。
『あははっ……水……水……俺の、水……』
その乾ききった狂気の笑い声は、かつて私に向けられた嘲笑の、完璧な因果応報の響きを持っていた。
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