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第8章 バグ

 高校生活は特に問題もなく毎日がたんたんと過ぎていった。勉強自体もそれほど難しくもなく、普通に自分のペースで勉強していれば、学年の上位3人には入れるようになっていた。Jayとは成績で勝ったり、負けたりだったが、彼とは特に関係も変わらず、仲の良い友人だった。

 

 Jay「いや、今回の中間テストは負けたね。2点差かよ、ちょっと悔しいけど、いや見直したよ。つうか、昔のおまえからは想像できねえな。なんか秘訣でもあんのか。」

 

 Kyno「秘訣なんか、ねえよ。まあ、ようやく本来の俺に戻っただけだよ。まあ、少し本気になってやっただけだよ。まあ、また軽くもんでやるから、次もかかってこいよ。」

 

 Jay「ところでおまえ、大学どうすんだ。行くんだろ?もう決めてるのか?」

 

 Kyno「まあ、県立大学だろうな。そんな私立とか、県外の大学とかうちは経済的に無理だし。」

 

 Jay「別に国内だけが大学じゃないぜ。海外って選択肢もあるし。なんか、海外だと国によっては優秀だと返さなくていい奨学金もあるらしいぜ。」

 

 Kyno「海外なんか考えたこともねえし。そもそも、県外にも数回しか出たことないのに。言葉もわからないところでは、生活できる気がしねえよ。」

 

 Jay「なんとかなるって、俺のおじさんが言ってたよ。なんか、建設系の会社員だけど、海外にしょっちゅう行っている。でも、普通に仕事できてるみたいだぜ。まあ、少しは英語くらいできたほうがいいって言ってたけど。」

 

 Kyno「海外ねー。そんなことうちの親に言ったら、腰抜かすぜ。つうか、うちの学校の先生もどうやって進学するかわからないだろうな。なんか知っているのか?」

 

 Jay「いや、何も知らない。俺は京大に行くって決めてるから。」

 

 Kyno「京大ねえ。何勉強すんの?」

 

 Jay「医学部だなー。医学部で女体の秘密をとことん研究してやるよ。」

 

 Kyno「それだったら、京大じゃなくて、もっと他の場所でできるだろう。」

 

 Jay「俺は、あくまでもアカデミックに女体を研究するんだよ。そんな不純な動機はいっさいねえから。」

 

 Kyno「まあ、案外そういう不純な動機って、大きなモチベーションになりうるわな。」

 

 Jay「いや、だから不純な動機はないって。」

 

 Kyno「お前に限って、そんなわけねえだろ。」

 

 高校は男女共学で、ほぼ生徒数は半々だった。クラスは6つに分かれており、同じ学年の生徒数は、220人程度だった。上位70人は、2つある特別進学クラスに割り振られていた。Jayとは別のクラスだったが、相変わらずよくつるんでいた。高校でもサッカーは続けていたが、進学先のサッカー部はかなりレベルが高かった。サッカー部での活動と、勉強を両立させるのは、結構大変だった。クラスの中には、進学のための勉強に集中したいということで、部活動をしない生徒もいた。毎日、授業が終わり、サッカーの練習をして、帰宅。その後、食事、風呂を済ませて、自室で学習という日々が続いた。だいたい、土曜日の午前中は部活に行き、そのまま図書館に立ち寄ってから、自宅に戻った。Jayもまた、バスケを続けており、1年生ながらレギュラーの座をつかんでいた。サッカー部では、かなり県内で名が知られた先輩が何人か所属しており、1年生からレギュラーは難しかったが、一応補欠番号はもらえそうだった。


 Jayは早々と彼女を作り、充実した高校生活を送っているようだった。以前、彼に紹介されたが、多分学年で一番か二番目くらいにかわいい女子だった。勉強もでき、スポーツ万能で、しかも女にもてる。まあ、どこの学校にも、ひとりくらいはこういう全部どりの生徒がいるのだろう。こういう奴は、なんも苦労もせずに、世の中をするするっと生き抜いていくんだろうと思った。しかも、どのグループにも属せず、先輩たちにも一目置かれ、性格も良いし、先生方の受けも良い。まあ、それがJayという男なのである。しかし、テストで彼に勝ったのは初めてだったが、Jayはまったく嫉妬する気配もなく、たんたんとしていた。もし、ある日Naomiが戻ったら、今の彼の成績を見てびっくりするだろう。


 中間試験も終わった週末に、久しぶりに神社へひとりで行くことにした。神社の境内に入ると、なぜかそこにJayがいた。Kynoは少し驚いた。Jayはこちらには気が付いていないようだった。声をかけようとしたが、なぜか今そこにいるJayには声をかけるべきではないような気がした。そのJayはJayなのだが、Jayではない、なぜかそんな気がした。そんな時に、また例の現象が起きた。先ほどまで、風に吹かれて、少し揺れていた木々の葉の動きがとまり、音も止まった。境内にはKynoとJayしかいなかったが、世界の動きはぴたりと止まってしまった。木の上の方から落ちてきていた、何枚かの葉も空中で止まったままである。社務所の陰で眠っていた猫も、ぴくりとも動かない。Jayの動きも止まったままだった。Kynoは次に何かが起きることを知っていた。そして、少し身構えて、辺りを見回した。振り返ると、そこに30㎝ほどの身長のおじさんが立っていた。おじさんは、大きさ以外は本当に普通のおじさんだった。きちんとした三つ揃えのスーツを着こなし、渋いシルバーのネクタイをしていた。かなり高そうなスーツに見えた。すくなくとも、学校の先生が着ているような、よれよれのスーツではなかった。そして、おじさんはKynoにゆっくりと話し始めた。

 

 おじさん「君がKyno君か。」

 

 Kyno「おじさんは、誰?どこから来たの?このまわりの世界を止めたのは、おじさんなの?」

 

 おじさん「私が誰かを、君は知る必要はない。この世界が止まっていることも、知る必要はない。この世界が止まっているのは、一時停止しなければならないからだ。これは、必然なんだ。」

 

 それにしても、このおじさんからは、何の脅威も感じなかったが、なにかしら威厳と親近感という相矛盾するものを感じた。

 

 Kyno「僕に何か用があるんですか。」

 

 おじさん「Naomiを連れてきた。そして、Naomiに関する人々の記憶も元に戻る。ただし、君にあることをしてもらいたい。」

 

 Kyno「あること?そのあることを僕がすれば、Naomiは戻ってくるんですか?」

 

 おじさん「そういうことだ。」

 

 Kyno「何をすればいいんですか?」

 

 おじさん「すぐにこの止まっている世界は動き出す。そして、君がやらなければいけないことは、記号として君に伝えられる。」

 

 Kyno「記号?どういう意味ですか?」

 

 おじさん「そのうちわかるよ。でも、チャンスは1回きりだ。とりあえず、まず始めに、Jayの記憶を戻すことにする。Naomiの件が片付けば、いま起きている不具合は、とりあえずいったん全て片付く。」

 

 Kyno「不具合?」

 

 おじさん「ところで、この私のスーツはどうかね。先日、イタリアに行ったときに仕立ててもらった。やはりイタリアの手縫いのスーツは非常に着やすいよ。君もいつか自分で稼ぐようになったら、イタリアでスーツを作るといい。」

 

 Kynoの言葉を無視するかのように、おじさんは言葉を続けた。

 

 Kyno「はあ、いや、すごく似合ってます。」

 

 いきなりスーツの話題をふられても、Kynoには答えようがなかった。そもそも、Kynoはまだスーツを着るような年齢ではなかったし、あんな小さなスーツを仕立ててくれる店がイタリアにあるなんて、ちょっと信じられなかった。どうやって、あのおじさんはイタリアまで行って、あのスーツを作ってもらったのだろうか。Kynoには全く想像できなかった。あのおじさんは、飛行機でイタリアまで行ったのだろうか。パスポートを持っているのだろうか。とはいえ、普通のパスポートだと、あのおじさんの身長の1/3くらいの長さがあるのだが。考えれば考えるほど意味がわからなかった。


 その時、ふいに後ろから右肩をたたかれた。振り向くと、Jayが立っていた。と同時に、周囲の世界が動き出した。また、振り返ると、そこにおじさんはいなかった。ほんの数十秒程度の出来事だった。そして、JayがKynoに向かって言った。

 

 Jay「さっき、Naomiに会った。彼女を取り返しに行こう。」

 


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